世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take5
 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇

 「朝一でこの街を出る」

 僕がレイラに対してついた嘘に一かけらの真実があるとしたら、この言葉だけだったろう。そして、逃げ込むように僕はバスに乗り込んだ。さよならベレン、レイラ。

 ただ、僕が向かったのはサンパウロではない。フォルタレーザという大西洋に面したブラジル北東部にある人口240万、ブラジル第四の都市。もう一度、レイラさんほんとごめんなさい。

 ベレンからフォルタレーザまでは東へ約1000キロほど。乗り込んだバスは確かエアコン付きのもので、200レアル[¥6,000]ぐらいした。

 このバスの車中で起こったことはあまり覚えていない。距離的に車中で一泊したと思うけど、それすらも記憶が曖昧だ。

 ただ、よく覚えているのは、見たこともないぐらい長い黒の貨物列車。子供たちが何やらはしゃぎだしたので、僕も窓の外を見てみると、全長1キロはあるんじゃないかっていう列車が、密林の上に敷かれた曲がりくねったレールの上を大蛇のように動いていた。

 窓の外には、ぼんやりした空の青、太陽に照らされ黄色く輝く密林、灰にくすんだような列車の黒の三色しかなくて、セピア色の写真のような風景に、僕も子供たちと一緒になって目を輝かせた。

 (ブラジルは鉄道網があまり発達していない。サンパウロとリオデジャネイロというブラジル最大の両都市を結ぶ鉄道さえない。ちなみに、二つの都市は距離にしても500キロほどしか離れていない。ペテロブラスというブラジルの大きな石油会社が鉄道網の拡大を妨害しているというのがもっぱらの噂だった。現在は、この二つの都市を結ぶ高速鉄道を整備する計画が動き出している。)

 フォルタレーザに到着し、バスターミナルに荷物を預けると、適当に街をぶらついた。ビーチに行ってみたり、地元のマーケットを発見して、そこで適当にフォルタレーザっぽいおみやげ物を買ってみたり、少しばかりまともな観光客気分を味わった。

 フォルタレーザは観光地として有名な街。大都市にもかかわらず街のビーチは相当綺麗で、海の色はエメラルドブルー。でだ、この街に来たのには理由がある。街を適当に歩きながらも、僕はある場所を探していた。

 少女売春地帯。そこには、ヨーロッパやアメリカからも観光客が少女を買いに来る。もちろん、それは問題となっていて、僕がこの旅に出る少し前に新聞で取り上げられた。警察の取り締まりも厳しくなり、いずれそこはなくなるだろうから、一目見ておきたかったのです。

 (今は、どうなったかは分からないけど、ブラジルでは15歳未満の少女売春がだいぶ前から問題になっていた。アマゾンの少女売春も有名だった。多くの子が10歳代前半で、中には10歳未満の少女もいた。小遣い稼ぎではなく、貧困がその理由。

 信じられないかもしれないけど、僕がブラジルにいた頃は、まだほとんど奴隷のようにして働かせられている人たちがアマゾンの方にはいて、度々新聞で取り上げられていた。また、ブラジルのスラムでは少女への近親相姦が頻発していた。その原因としては家が狭く、家族が皆くっついて寝るためというのがよく言われた。)

 そして、見つけた。そこは、確か西部の海岸沿いにある公園周辺だった。周りには、見るからに安いモーテルがいくつもあった。やっぱりいた。薄暗くなってきた夕方の公園に大人の娼婦に混じって、小さな女の子も立っていた。それを見ただけでお腹一杯。僕は、その日のうちにフォルタレーザを去った。少女売春はほんと反対。少女を買う大人はクソだ。まじで。

 【前回記事】
 Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行べレンの舞姫篇(2011.2.14)
 Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行べレンの舞姫篇(2011.2.7)
 Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
 Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2003年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



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