世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take7
 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇

 サルバドールには、もう一人先輩の友達がいた。その人は現地の黒人女性と結婚しているカメラマン。翌日の夕方、サルバドールの置屋(赤線のような安い売春宿)にその人が連れて行ってくれた。それらの置屋は、『地球の歩き方』に「危険、絶対行くな」と書かれてある場所にあった。この人は、何を専門に撮っているのかは知らないけど、置屋の娼婦と仲が良くて、前に撮った彼女らのヌード写真を配っていた。そして、新たに撮影もしてた。

 とある置屋に行くと、僕の好みの女の子がいた。たった今、警官相手にお仕事を終えた様子で、チャックを閉め、ピストルを腰に巻こうとする警官と笑い話をしていた。先輩の友達に「あの子、いっちゃっていいですかね?」と聞いたら、「殺されるかもしんないから止めといた方がいいよ」って言われた。どうやら、彼女は警官の情婦らしい。結局、他に好みの女の子がいなくて、その日は帰った。

 というか、ほんとは僕はびびっていたのだ。実は、その当時、僕のあそこには変な出来物があって、それがレイラとのフッキ(ファックのポルトガル語)以来、日増しにその存在感を増していたのだ。だから、ほら、そんな無理してフッキしなくても、それより、病院行きたいかなって・・・

 サルバドールには、‘奇跡の教会’と呼ばれる有名なボンフィン教会がある。次の日は、そこまでバスに乗って一人で出かけた。教会は丘の上にあって、バスはそこまで行かないから、丘の麓からけっこう歩かないといけない。でも、確かその教会の丘からは、海岸と一緒にサルバドールの街並みがよく見渡せた。いい景色だった気がする。ゲストハウスに帰ると、一人の女の子が軽蔑的な目つきで、「どこに行ってたの?」と聞いてきた。僕はボンフィン教会に一人で行ったと正直に答えたけど、その子は信じないで「まったく汚らわしい」とでも言いたげだった。

 後から他の宿泊客に聞いたんだけど、サルバドールに観光で来る日本男子の多くが、サルバドールの高級地帯にあるボアッチに遊びにいくそうだ。まったく、なめられたもんだぜ。俺をそこいらの観光客と同じにしないでくれ。確かに、俺も風俗に行く。でもね、俺が行くのはハード・ネイティブ風俗だっつーの!サンパウロでは、いろんなランクの風俗に行くけど、わざわざサルバドールまで来て、そんな観光客相手のとこに行くわけないっつーの!

 きっと、この事で気が立っていたんだろう。その日の夜、僕は例のカメラマンとまた別のハード・ネイティブ風俗へ行った。あそこに出来物があることは胸にしまって。前に書いたとおり、サルバドールは黒人の街。向かった先は、黒人大好きカメラマン一押しのお店。

 いやー、興奮した。当時よりもアホな10代の時、太った女の子と夜のビーチで青姦したことがある。動物の本能が刺激されるんだろう。太った女をバックから、それもビーチでやると、すごい野生的でよかった。そのお店では、太った黒人を指名。暗く狭くベッドもない部屋でバックから。いやー、自分が動物に近づいた気がした。(値段は30か50レアルだったと思う。ちなみに、ブラジルの風俗は、どこ行ってもほぼ100%ゴム付きです。)

 カメラマンとの別れを惜しみつつ、その翌日僕はサルバドールからサンパウロ行きの格安バスに乗った。サルバドールからサンパウロまでは、確かバスで30時間かかった記憶がある。どうやら、二週間の旅の半分はバスの中で過ごしてしまったようだ。サンパウロを出発した時のバスのように、このバスにもエアコンはついていなかった。それに、他の乗客は、最初のバス同様家族連れがほとんどだった。サンパウロに出稼ぎに行くんだろう。

 ただ、バスは快適だった。乗客は二家族とあと数人しかいなかったから、僕は後ろのほうの座席を5列ぐらい占有することができた。人目を気にせずニーオナも可能だ。ちょうどバスが乾燥地帯を走っている時だった。旅の最後の思い出にと僕はニーオナをし、使用済みのトイレットペーパーを乾いた青空に投げた。僕という存在が、雄大な自然と少し混じりあえた気がした。

 【前回記事】
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇闘(2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇騰(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2003年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



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