世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take10
 ご近所案内

 何故、僕がそこまでびびったか。それには訳がある。社員寮のあった場所を少し詳しく案内しよう。サンパウロでは坂道を下るほど危険地帯に近づくという噂、それは本当だった。

 坂の一番下、寮があった場所は、他の日本人の間では「進入禁止」になっていた。名前からして不吉に響くのだけど、そこはグリセーリオと呼ばれる地区だった。

 麻薬取引が行われる場所であり、殺人事件が起きる場所であり(僕が知っているだけで、グリセーリオ周辺で、一年間の間に人が5人ぐらい殺されている。朝、通りを歩いていたら、くるぶしより下の部分以外、頭の上からビニールシートを被せられ、ピクリとも動かない人が路上に放置されていたこともある。)、通りの建物には銃痕が残り、強盗が多発するような場所だった。

 寮があったアパートには、新聞社の編集主幹のおじいちゃんも僕らとは別に部屋を借りて住んでいた。このおじいちゃんの家には拳銃強盗が入り、おじいちゃんは抵抗したため、拳銃の柄で意識がなくなるまで頭を殴られた。

 寮があったのは、グリセーリオ地区のグリセーリオ通り。この通りもやばかったけど、その一本裏の通りはさらに危険で、一年間住んでいて、一度も足を踏み入れたことがない。砂埃にむせぶ通りには、バラック小屋が建ち、数箇所でいつも焚き火がしてあった。 

 ブラジルの大都市の周縁部には、ファベーラと呼ばれる大規模なスラムタウンが点在している。そこには、マフィア組織も多い。ただ、グリセーリオは街の真ん中に位置していて、ロサンゼルスにでもありそうなスラム街といった感じだった。それに、マフィア組織もなかった。だから、ファベーラに比べれば、ぜんぜん治安もいい。

 ファベーラのマフィアは機関銃もロケット砲も持っている。僕が帰った翌年、サンパウロのマフィアと警察の間で大きな抗争が起こって、双方合わせ一週間で2、300人が死んだ。その時、警察のトップが言った言葉には、乾いた笑い声をもらした記憶がある。「これは戦争だ」と。

 ブラジルは人種差別のない国だと言われる。でも、それはほんの少し本当で、ほとんど嘘だ。何故かと言うと、ブラジルは階級社会だけど、その階級がほとんど人種によって構成されているから。金持ちには白人が多く、次いで日系人をはじめとする東洋人(日系人はその中でも特別だった)、そして黒人、一番下にくるのが混血の人たち。特に、色の濃い混血の人たちだ。

 グリセーリオに住んでいる人の多くは、サンパウロに出稼ぎに来た褐色の人たちだった。(これは推測だけど、グリセーリオに定住している人は少なかったと思う。僕をかつあげする若者の顔ぶれが毎回違ったことからそう思うんだけど、きっと定住する人が少なかったから、マフィア組織もできなかったんだろう。地方から出てきて、一時ここに滞在して、それからファベーラなんかに家族で引越したんじゃないかな。)

 そんなグリセーリオには、クラブがあった。一度か二度だけ、寮の隣の食料品店のいかつい黒人のおっちゃんらとそこに遊びに行った。そこでは主に二つのジャンルの曲がかかっていた。ブラジル北東部由来のフォホーという、フォークダンス的なダンスミュージックが彼らの心を慰め、そしてレゲエが彼らの不満を時に発散させ、時にアナーキーな犯罪へと駆り立てた。

 当時、サンパウロ市は日本の交番制度の導入を目指していて、日本から警察庁の人らが指導に来ていた。実際、試験的に2,3箇所で既に交番が導入されていたけど、それらは高級住宅地にあった。グリセーリオに交番が誕生することを一年間、明日か明日かと待ち続けたけど、遂にその日は来なかった。まったくもって、この国は腐ってる。真っ先にグリセーリオに交番を立てるべきだ。警察庁も邦人保護の観点から、そう主張すべきだった。

 でも、仕方ないのかもしれない。サンパウロでは、警察署でさえマフィアから襲撃を受けたりする。交番なんてかっこうの標的だ。だから、治安のいいところにしか配置できないのだろう。

 夜中、一人でグリセーリオを歩く人は、互いが互いを警戒しあった。僕も相手を警戒し、相手も僕を警戒する。パトカーがいると安心したものだ。壁に手をつけた少年や青年を、彼らの背後から銃を構えた警官が持ち物検査するという、よく映画である光景、あれもよく目にした。日本だとあんなにうざかったパトカーや警察が、グリセーリオにいる時だけは大好きだった。

 【前回までの記事】
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



2011.3.14 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ