世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take19
 月一回の習慣 

 僕は少しばかり、ブラジルにサンパウロに、そしてグリセーリオに慣れたつもりになりすぎていたんだろう。一人で公衆電話も使えるようになった。一人でタクシーにも乗れるようになった。一人で夜の街を駆け抜けることも出来るようになった。

 それに、僕はグリセーリオの置屋の常連だ。この一角に住む奴らの大半は、僕の兄弟に違いない。そんなキョーダイ達が僕を襲うわけはないのだ、と・・・・・ でも、

 「一張羅のジャケットを羽織った男」+「酔っ払いの老人」+「夜中のグリセーリオ」=「かつあげ発生」

 この公式は、数学的に見ても100%正しい。

 僕らを取り囲んだのは、10代後半の若者を中心に合計6,7人。10歳ぐらいのガキも一人、二人混ざっていた。

 「金はどこだ?!」

 僕は素直に両手を上げた。諦めが、冷静さに変わったのだろうか?

 いや、違う。僕のジャケットの内ポケットには、大金が入っていた。たまには、高級なボアッチに行こうと思って、日本円を1万円ほどレアルに両替していたのだ。僕の頭は高速回転した。ここで、このお金を見つけられたら、こいつらに僕は金持ちだと宣言するようなものだ。そうなると、これからも襲われ続け、大金の支払いを強要され続けるだろうし、部屋に拳銃強盗も押しかけるだろう。というか、つまりは、今僕が持っている大金を奴らに渡すのは嫌だ!

 Rさんの方を見た。ちゃんと両手を挙げている。でも、明らかに酔っ払っている。多分、記憶も無いだろう。僕は、奴らに言った。

「俺は持ってないよ。金はそっちにあるよ。」

 そして、Rさんの持っている巾着袋を顎で指した。奴らは、巾着袋からいくらかの金を奪うと、ダッシュでシニンブー通りに戻っていった。

 思った通りだ。奴らも事を早く終わらせようと焦っているから、いくらかの金をつかめば、僕の内ポケットまでは調べないはず。

 こうして、クールな対応で(少なくとも僕は)事なきを得て、僕らはアパートに戻った。

 Rさんの家は401号室。僕の家は402号室。まずは、Rさんを部屋に連れて行った。Rさんは、40歳ぐらいの日本人のおっさんと一緒に住んでいた。そのおっさんに事の次第を話すと、おっさんは「ふざけんな。そいつら、今どこにいるんだ?とっちめてやる」と言い、タンスから拳銃を取り出した。まじで。

 「いやいや、止めときましょうよ。あいつら大人数ですし、何を持ってるか分かりませんよ。」

 僕は、そう言って、おっさんを制止すると、何だか急に怖くなった。やっぱり、ここは相当やばい場所なのだ。おっさんが拳銃を持って、あいつらのところに行ったら、ほぼ確実に銃撃戦になっただろう。でも、そういう場所なのだ。おっさんもそれで拳銃を持っていたのだろう。

 ただ、本当に良かった。おっさんには、僕がRさんの巾着を犠牲にしたことを言わないで。そのことを言っていたら、おっさんの拳銃で俺は撃たれただろう。というか、この事実がおっさんに知れたら、俺は撃たれるだろう。

 ごめんなさい。Rさん、ごめんなさい。僕はチンカスです。インキンタムシです。ホーケーです。

 でも、言い訳もさせて下さい。僕は大金以外に持ち合わせがなかった。そして、Rさんの巾着には大した金がないことを知っていた。中華料理屋で、Rさんから金をせびろうと巾着の中をチェック済みだったんです。ええ、そうです。間違いないです。あの状況では、その後のことを考えても、ああするのが最良の策に違いなかったんです。

 でも、翌日、師匠に事の詳細を話すと、「お前、ひどいな。それは、まずいだろう」と引き笑いされました。そうです。僕はクズです。

 この一件からしばらく、僕は夜は外出しなかった。いや、怖くて出来なかった。また、あいつらに襲われると思って。ただ、性欲のほうが勝って、一週間ともたなかったけど。

 そんなことより、この一件以来、月一回のペースで、しかもほとんどグリセーリオ近辺で、僕は強盗に会うようになった。いや、強盗というより、かつあげと言った方が正確だろう。完全にいじめられっこのオーラをまとってしまったのだ。相手は毎回違うのに、月に一回かつあげられるんだもの。

 ただ、そんなにしょっちゅう襲われると、もう襲われても「何だよ。またか」ぐらいにしか思わなくなる。襲われて当たり前の体質になっちゃうのだ。そして、逆転の発想が生まれる。「だったら、どこに行っても何をしても一緒だろう。どうせ、襲われるんだから」と。

 そうなると、危険地帯もそれほど怖く無くなる。(=進入禁止地区が無くなる。)グリセーリオでかつあげにあっても、「ふざけんな、そんなに渡せねーよ」と、半ギレでかつあげ額をまけてもらうようになる。別の危険地帯で強盗にあった時には、お金の代わりに持っていたチラシを渡したこともあった。つまり、感覚が馬鹿になった。ブラジルの強盗にチラシを渡すって、自殺行為だもの。

 ただ、ブラジルに興味のある読者に一言だけ言っておきたい。僕は、かつあげに慣れて、ブラジルの危険地帯をなめるようになった訳では、まったくない。そうじゃない。僕は、襲われるのを覚悟で遊びに行くようになったのだ。読者も危険地帯に遊びに行く時には、殺される覚悟を持つべし、は少し言い過ぎだけど、襲われるのは当然だと考えていくべし。

 そして、危険地帯のレベルに応じて、ポケットにはいつでも対強盗用のお金を用意する。レベル1だと5レアル(=当時、150円)、レベル2だと20、レベル3だと50といった具合に。そして、メインのお金は靴下に隠す。

 だから、僕は思うのだ。今度、ブラジルに行ったら、生きて帰ってくる自信がないと。

 【前回までの記事】
Take18 月一回の習慣(2011.7.04)
Take17 日系ブラジル人の葛藤(2011.6.13)
Take16 フェスタ・ジュニーナ(2011.5.23)
Take15 初めての取材旅行働(2011.5.9)
Take14 初めての取材旅行闘(2011.4.25)
Take13 変化の序章闘 (2011.4.18)
Take12 初めての取材旅行(2011.4.11)
Take11 変化の序章(2011.4.4)
Take10 ご近所案内(2011.3.28)
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇II(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇I(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇II2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇I(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



2011.7.18 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ