世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take26
 食ジル
 
 追憶。「明日食べるお米がもうない」。米びつから、最後の米を取り出し、そう僕に言っていた母親の焦点の定まらない顔。友達が遊びにきているのに、米と味噌汁しかなかった祭りの日の晩飯。「私たちでさえ、食べるものがないのに」ということで、山に捨てられたボギー(犬、雑種)。

 泣きそうになってきた。池田首相が「もはや戦後ではない」と言ったのは、1956年。あれから30年以上も絶っていたのに。時空のずれとは我が家で起こったようなことを言うのではないだろうか。高度成長期はおろか、朝鮮戦争特需すらも、経てはいるが、通過はせず、バブルの時代まで来てしまったのだ。

 ブラジルの食について書いて欲しいと、山田氏にだいぶ前に言われていた。それをふと思い出し、今こうしてブラジルの食についていろいろと振り返っているわけだ。でも、回想はブラジルを飛び越えて、あの頃までいってしまう。当然だよ。そっちの記憶の方が濃いのだから。それに、未だにあの頃の食生活を引きずっているせいか、食に対する興味が非常に薄い。

「シェリー 俺は上手く笑えているか? 俺に食を語る資格はあるか?」
 でも、シェリーが「資格あり」というのなら、書いてみよう。いいかい、シャリー?

 現在、サンパウロで駐在員をやっている知人の話によると、「最早東京で昼飯食った方が安い」ぐらい、サンパウロの物価は上昇しているらしい。ただ、駐在員が食べる店は、「その辺の定食屋でも」という、庶民臭のする説明を付けてみても、きっとそこそこいいところに違いない。そうだ、そうに決まっている。

 だから、現在のことは分からない。でも、当時は1レアル(30円、当時)で食える公共の施設があった。それは会社の近くにもあった。ただ、一度もそこに行ったことはない。新規オープン・イベントのあるパチンコ屋の開店直前と同じぐらい、ホームレス系の人が長蛇の列をなしていたし、それに何と言うか、あまりにも様になりそうな気がして怖かったんだろう。だから、どんなメニューを出していたのかは、分からない。多分、フェイジョアーダだろう。ブラジルで最も親しまれている、豚肉と豆をかなり煮込んだものをご飯にかけて食べる、かなり庶民的な料理だ。いや、でも違うか?フェイジョアーダは割と高級な料理とも言える。あくまでも、私目線だけど、あそこより僕の目線が下ということは無い、はずだ。それに、ブラジルには、‘フェイジョアーダの日’というのがあるぐらいだ。(地域によって、違うらしいけど、サンパウロでは水曜と土曜がフェイジョアーダの日だった)。

 となると、さらに庶民的な食べ物になる。参考までに僕がいた新聞社の社員食堂のメニューを振り返ってみよう。葉っぱ、米、たまに鶏肉、ほぼ揚げ魚。これしか思い出せない。1レアル・ランチもこれに近かったんじゃないだろうか。これ以下だと1レアルの価値は無い。
 
 ポルキロ・レストランというものがあった。バイキング形式で、いろいろな種類の料理が食べられる。値段は、肉とか野菜とか種類に関係なく、単純に重さの総量で決定される。安くすませようと思えば、安くすませられる、けど、大抵定食屋よりも高くついてしまい、複雑な気がしたものだ。 

 ブラジルの定食屋と言えば、その辺にあるBAR(バール)。当時は10レアルだせば、ドリンク付きで定食が食べられたはずだ。ただ、かったい、かったい牛肉。血が滴っていると思ったら、肉ではなく、僕の歯茎が漏水の原因ということもよくあった。あの国で肉食いまくりたかったら、歯茎を強くしてから行けよ!このチンカスども!

 ブラジルで肉と言えば、シュラスコだろう。牛肉を串焼きにしたブラジルの伝統的な料理。どこの部位か分からないけど、ピカーニャと呼ばれる肉は美味かった。それは、おごりでしか食べたことがない。

 ブラジルの食について語る。食を通してブラジルという国を見る。ブラジル人は何故、あんなに固い肉を食うのか?(どうでもいい。)ブラジルのビールは何故あんなに薄く飲みやすいのか?よく言われるように、暑い国ではそうなのか?(どうでもいい。あっ、でもブラジルにも国産の黒ビールがある。しかも確かアマゾン産。そして、上手い。)いや、もっと深いところだ。

 食は文明のレベルを表すという考え方がある。西欧人がフォークにナイフを使いはじめたのは、16世紀頃。それまで、彼らは手でものを食っていた。それが、近世という時代区分がはっきりしていくのと軌を一にして、彼らは手で食うのをやめていった。中国が眠れる獅子と呼ばれ、世界中から恐れられていたのも頷ける。箸使用3000年の歴史に裏付けられていたのだ。

 でも、誰かが言った。いや、食は文化だと。食を通して、文化のレベルが分かると。さだまさしだったっけ?そうだ、さだまさしだ。日本料理を見れば、日本人一般の精神性の気高さ、細やかさが分かる。それに寿司、刺身は世界の高級料理、日本人はそれを数百年も前から現在と同じ調理法で食べてきたのだ。だから、日本の繊細なオタク文化が世界(の一部)に絶大な影響を与えられるのだ。

 えっ?でも、あの人の事忘れてない?20世紀最大の高貴なる精神を有したと言われるあの人。そうだよ。ガンジーだよ。でも、ガンジーはいっても手でものを食べてたじゃないか。ほとんど、カレーしか食べずに一生を過ごしたじゃないか。つまり、単純に食が文明や文化のレベルを表しているとは言えない。

 トンチンカンチン、トンチンカンチン、チーン

 和尚さん、閃きました!食はガンジーです!だって、ガンジー、この人は一人で食文化論も食文明論もひっくり返すだけの力を持っているんですもの!

 なるほど。食ジル、その正体が分かった。食とは、ガンジーの平和思想に基づいて考えれば普遍的な答えが得られるわけだ。ブラジルの食、その本質は、フェイジョアーダにあると見た。フェイジョアーダの黒い汁、そして白いご飯。あれは、平等の象徴だ。食ってしまえばみな同じ。つまり、sexは異人種間でも気持ちいい。だから、あんなに混血がすすんだのだな。

 あれ、なんか、このフェイジョアーダの考え方、聞いた事がある気がしません?

 【前回までの記事】
Take25 夢のひとしずく(2011.11.29)
Take24 夢II(2011.11.19)
Take23 夢(2011.11.6)
Take22 初ステージ(2011.10.4)
Take21 ブラジ龍(2011.9.25)
Take20 アドバイス(2011.8.23)
Take19 月一回の習慣II(2011.7.18)
Take18 月一回の習慣I(2011.7.04)
Take17 日系ブラジル人の葛藤(2011.6.13)
Take16 フェスタ・ジュニーナ(2011.5.23)
Take15 初めての取材旅行働(2011.5.9)
Take14 初めての取材旅行闘(2011.4.25)
Take13 変化の序章闘 (2011.4.18)
Take12 初めての取材旅行(2011.4.11)
Take11 変化の序章(2011.4.4)
Take10 ご近所案内(2011.3.28)
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇II(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇I(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇II2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇I(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



2011.12.12 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ