世界の路地、それぞれの日々
 ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take27
 幼き過失

 昨年の誕生日は日本で過ごした。その日、兄貴が僕に言った。「お前もそろそろ大人になる時期だ」。

 兄貴は僕をタクシーに乗せ、吉祥寺まで行くと、白塗りの薄暗い階段を上って行った。階段は、廃屋のカーテンレールみたいにふやけて、きしんでいた。店の中はかなり暗く、先天的に備わっているとしか思えない重低音のせいで天井がかなり低く見えた。
 
 この雰囲気だけを比べても、確かにピンサロなんてガキの行くところだという事が分かった。ヘルスもデリヘルもソープも右に同じ。ここは、サンパウロで言えば、ピニェーロスの置屋といったところだろう。ビバリーヒルズ青春白書の置屋版が見れたのは、ピニェーロスの置屋だけ。とにかく、どっちも様子が普通じゃないんだ。

 指名はしない。ただ、「控えめでお願いします」とだけ告げた。ペンライトに足下を照らされながら、ソファーに腰を落とした。ビールが飲みたかったけど、おちおちアルコールなんて入れてられない。ウーロン茶を頼み、タバコに火をつけた。おしぼりを4つぐらい手にした乱れ髪の女性が現れたのは、躊躇の末ようやくウーロン茶のコップに口をつけた時だった。

 コップに口をつけていてよかった。せめてそれぐらいはこの店に歩調を合わせていなかったら、おばちゃんを見て動揺を隠せなかったかもしれない。

 こうして、今でこそ熟女を知る僕だけど、あの頃は熟女の熟の字も知らなかった。「35以上はパス」なんて、ガキの台詞。熟女は55歳以上。そうだろ?兄貴。

 今思えば、ブラジルで出会ったあのおばちゃんなんて熟女の範疇には入らない。でも、ガキだった僕はそのおばちゃんの前から逃げ出した。

 おばちゃんと出会ったのは、夜行バスの中。11月頃、サンパウロ州中部の都市に取材に行った時のことだ。なかなか眠りにつけず、小さな物音にも煩わしく思っていた僕の耳に、一つだけ心地よく響いてくるものがあった。「?Estatuas e cofres E paredes pintadas Ninguem sabe o que aconteceu ・・・・・」

 僕が大好きなLegiao Urbanaの「Pais e filhos」が、隣席の女性のイヤホンからこぼれていた。僕は腰を浮かし、話しかけた。夜行バスの中、声をひそめ、ブラジル音楽の話に二人で盛り上がった。

 そして、彼女はバスを降りる前、僕に電話番号をくれた。「仕事が終わったら、電話して」。彼女は、僕が取材した街に住んでいた。消灯後の夜行バスの車内、年齢は正確には分からなかったけど、OKラインぎりぎりの34歳に見えないこともなかった。

 二日間の取材が終わり、彼女に電話した。電話口の声は、僕からの電話を待っていた様子で明るんでいた。僕もワインを買って、彼女の家に向かった。彼女の家は公営住宅風の平屋だった。玄関をノックする。扉が開く。白昼の下にさらされた彼女の顔。40後半のおばちゃんやん・・

 でも、僕は紳士。34という数字に、過大な願望を込めていた事を認め、冷静に友達として振る舞った。ブラジル音楽を聞きながら、ビールを飲み、ワインを注いだ。一緒に踊ったりもした。僕は完全に酔っぱらい、横になったソファーでそのまま眠ってしまった。

 初夏に似た柔らかい湿り気。それを顔中に感じ、さざ波に揺られて僕の意識は眠りから平屋へと戻って来はじめた。そして、徐々に気づく。この湿り気はリアルだと。目を開けた。おばちゃんの顔は僕の目の前にあり、僕とおばちゃんの唇は重なっていた。

 今の僕ならそのままおばちゃんを抱いただろう。でも、その時の僕はあまりにも幼く、経験もなさすぎた。

 僕は、その時初めて外人になれた気がする。あそこではなく、両手のひらを、ハリウッドスター並みにピンと張って、おばちゃんの眼前にかざしたのだ。

 でも、おばちゃんは完全にその気になっていた。「今夜はここに泊まって」と、場末スナックのおばちゃんみたいに何度も繰り返した。正直、来る前はそう考えていたけど。でも。。。

 「明日、サンパウロで別の取材があるんだ」。5回ぐらいそう繰り返し、おばちゃんの平屋を出て、サンパウロ行きの夜行バスに乗った。ごめんね、おばちゃん、いや、娘さん。
 
 僕たち出会うのが早すぎたよ・・・

 【前回までの記事】
Take26 食ジル(2011.12.12)
Take25 夢のひとしずく(2011.11.29)
Take24 夢II(2011.11.19)
Take23 夢(2011.11.6)
Take22 初ステージ(2011.10.4)
Take21 ブラジ龍(2011.9.25)
Take20 アドバイス(2011.8.23)
Take19 月一回の習慣II(2011.7.18)
Take18 月一回の習慣I(2011.7.04)
Take17 日系ブラジル人の葛藤(2011.6.13)
Take16 フェスタ・ジュニーナ(2011.5.23)
Take15 初めての取材旅行働(2011.5.9)
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Take12 初めての取材旅行(2011.4.11)
Take11 変化の序章(2011.4.4)
Take10 ご近所案内(2011.3.28)
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇II(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇I(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇II2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇I(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


 【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

 年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



2011.12.31 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ