世界の路地、それぞれの日々
ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take29
 社長

 ブラジル生活を充実したものにしようと、11月頃、いくつか始めたことがある。一つはムエタイ、会社の近くにあるジムに週2で通い始めた。もう一つは商売の開始、つまり社長就任だ。

 きっかけは、会社の先輩が取材した記事。内容は、日本の女芸人がリオのビーチでさんまを焼いて、その体験を本にしようとしているというものだった。(この本のことをネットで調べてみたけど、出てこないから多分、没になったのだろう。)

 この記事は、今までに読んだどんな自己啓発本よりも即効性のあるインスピレーションを僕に与えた。金なし男の楽しいブラジル生活。

 第一のキーワードはビーチ。目の前のSEXにあまりにも囚われすぎて、この発想がなかった。サントスという人口100万人を越える街にはビーチがあり、しかもサンパウロからバスで一時間でいける距離。開業場所はここで決定だ。

 第二のキーワードは商売。金がないなら自分で儲ければいい。

 例の記事にはこんな事も書かれていた。女芸人は、さんまを焼く行為を通して出会う人々のことを本のテーマにするという。そう、第三のキーワードは商売を通しての触れ合い。ビキニ、サンバ、ビーチク!

 あとは何を商売道具とするか。さんまのように個性的であり、さんまよりも安上がりな商品。会社近くの日本雑貨屋さんに走った。あった。お習字セット。これだ。ビーチで日本の個性を売り物にすればよい。小学生の時に授業で習った経験もある。

 その週末、さっそく僕はサントス行きのバスに乗った。バス停からタクシーに乗り、ビーチに到着したのは夕方だった。夕暮れのビーチには、祭りの後のような、いくらかの寂しさがあった。海水浴客たちは、心地よい疲れを夕日に溶かしながら、寄り添うようにしてビーチを去って行く。哀愁の原因は、ついさっきまでここに溢れていた笑顔の残骸のせいだろう。売店でビールを頼んで、ベーチチェアーに座った。社長デビューは明日にしよう。

 宿はビーチ近くの安宿に決めた。シャワー、トイレ共同で20レアルほどだった。夜が来るのを待ち、通りに出かけた。普段ならボアッチ探しに行くところだが、所持金は帰りのバス賃といくらかのビール代しか残っていない。音を頼りに楽しげな場所を探した。この夜は、一年間のブラジル生活の中で、最も楽しい夜の一つだった。サンバを路上演奏する集団を囲んでビール片手に現地の人らと踊った。それだけのことだけど、とても開放された気分になったことを覚えている。

 翌朝、シャワーを浴び、ビーチから離れた薄汚いバールに行き(ビーチ近くの観光客用バールは高い)、カフェとパンを食べ、職場に向かった。ビーチはすでにお祭り状態だった。バス賃を差し引いた最後の金でビールを買い、ビーチチェアーに座った。そして、段ボールを砂浜に広げた。おもむろにすずりを段ボールの上に設置し、意味ありげに墨汁を注ぎ、神妙な面持ちで筆を濡らした。あとは、無心で習字紙の上に筆を滑らせた。

 「アナタ ナマエ 1レアル」「僕社長」

 書き上げると、小説を読み始めた。そして、いつの間にか寝ていた。30分ぐらい経っていただろうか。僕を呼ぶ人の声で目を覚ました。

 「何これ?名前書いてくれるの?」短パンの白人おっさんだった。
「ええ、おじさんの名前を漢字で書きますよ。サントスのお土産に一枚どうですか」
 「それじゃ、一枚書いてもらおうかな」

 おっさんは、理茶土(リチャード)と書かれた紙を持って、「家族に見せてやるんだ」と嬉しそうに帰って行った。おっさんの喜んだ顔、触れ合い、ちょっと騙した気分、これぞ商売。

 別の男性の名前を書き、2枚の売り上げをビールに変換。僕は酔っぱらって、また寝た。そしてまた起こされるというルーティーンがもう一度あり、もう一本ビールを飲んだ。

 夢見心地に思った。ビキニとの触れ合いが無い。寄ってくるのは、おっさんばかり。寒い。目を覚ますと、太陽はすっかり雲に隠れていた。「やはり、商売は厳しい」。観光客気分の男はそんな言葉を残し、ビーチを後にした。

 【前回までの記事】
Take28 探検(2011.1.18)
Take27 幼き過失(2011.12.31)
Take26 食ジル(2011.12.12)
Take25 夢のひとしずく(2011.11.29)
Take24 夢II(2011.11.19)
Take23 夢(2011.11.6)
Take22 初ステージ(2011.10.4)
Take21 ブラジ龍(2011.9.25)
Take20 アドバイス(2011.8.23)
Take19 月一回の習慣II(2011.7.18)
Take18 月一回の習慣I(2011.7.04)
Take17 日系ブラジル人の葛藤(2011.6.13)
Take16 フェスタ・ジュニーナ(2011.5.23)
Take15 初めての取材旅行働(2011.5.9)
Take14 初めての取材旅行闘(2011.4.25)
Take13 変化の序章闘 (2011.4.18)
Take12 初めての取材旅行(2011.4.11)
Take11 変化の序章(2011.4.4)
Take10 ご近所案内(2011.3.28)
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇II(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇I(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇II2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇I(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。



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