世界の路地、それぞれの日々
ブラジル、どうしようもない日々
                 ヨネブラ・ジルオ記
 Take31
 リオデジャネイロの懲りない面々2

 強烈な日射しが照りつける中、僕らは歩いていた。市中心部から郊外にのびる幹線道路の左手には広大な空き地が目立ち、その空き地の向こうには丘を覆い尽くすファベーラが見えた。車以外の往来はほとんどなく、高速道路の入り口らしき勾配の下を通過している間、勾配上にいた10代後半のやばそうな男たちの視線は僕らに集中していた。そこを過ぎてもう少し直進し右に曲がれば、目的地はすぐ。ここに来たのは、この日二度目だった。

 クリスマスの夜はサンパウロの旧市街にあるLOVE STORYという娼婦とゲイの集まるクラブに行って、そこのソファーで一人で寝て過ごした。一人を避けるためそこに行ったけど、逆にひどい孤独を味わった。それに風邪までひいてしまった。

 大晦日こそは楽しまなければと思い、リオに向かう前日の夜、風邪薬を規定量の3倍ほど飲み、多分副作用だろう、足にできたコロッケ大の蕁麻疹と引き換えに軽い身体を手に入れた。(この時の旅費は、会社の編集主幹のおっちゃんに出してもらった。)

 大晦日、リオのバスターミナルに到着すると、タクシーの運転手に僕は冒頭の場所を告げた。(今回は社長道具なし。荷物は小さなバッグのみ。そこは、前回の最後に少し触れた通り、警察がドラッグを売るような場所。10年以上ブラジルに住み、そこに何度も行ったことのある知人でさえ、身分証明書を持っていなかったことで警察に銃の柄で殴られた上、かつあげされている。

 ブラジルの風俗事情に詳しい人ならその場所を知っていると思うけど、インターネットにもそこの名称は出ていないから、ここでもその名は伏せておく。警察以外にも危険が散乱しているから、この文章を読んだ人がそこに行ってトラブルに巻き込まれることも大いに考えられる。ただ、僕が前回リオで出会った日本人の中に、そこの娼婦とよくデートするという東大出身のおっさんがいた。あの人の精神状態をインタビューしておけば、一面トップ記事が書けただろう。)

 そこは前回行った時同様、相変わらずだった。頽廃を絵にしたらこうなるだろう。何軒か回ってみたけど、たいしてお気に入りの子はいない。前回好きになった子もいない。それに足の蕁麻疹が気になった。掻いたせいで、変な汁も出ていた。エイズや性病も怖いけど、ベッドから何か他の病気に感染するかもしれない。

 街の中心部に戻ってきてから、日本人の友達と合流し、10人ぐらいでコパカバーナに海水浴に行った。男だけ数人で話していると、自然と話題は風俗になる。そして、本日二度目の訪問が決まった。そこに行ったことのない二人を連れて、今回はビーチからそのまま歩いていった。

 高速道路の入り口を過ぎ、高架下のあるところで幹線道路を右に曲がり、スラム街へと入って行く。その先を左に曲がると、その未舗装の通りはある。まず目に飛び込んできたのは、地べたに置かれた花束だった。朝一人で来た時にはなかったから、この数時間の間に何かがあったのだろう。花のことは二人には内緒にして、適当にいろんな場所を見て回った。そこには、置屋もあればボアッチもあり、またクラブもある。ただし、当然、ボアッチは置屋ッチだし、クラブはクラブッチ。

 なかなか可愛い子が見つからず、オープンテラス的なものがある置屋ッチで、とりあえず通りの観察をすることにした。三人でビールを飲んでいると、通りの向かいにある店から黒人の娼婦が変な夢でも見ているように、にやにやしながら近づいてきた。そして、そのまま僕らの隣に座ると、股を開き、指であそこをぱっくりと開いて見せた。そしてもつれた声で言った。「おいで」

 初日の出のつもりであそこを開いて見せてくれたのだろうか。でも、残念ながら今はまだ大晦日。お日さまもがんがん出ている。いや、むしろ彼女は今日が大晦日であることも知らなかったろう。どう見ても日常的にぶっとんでいる様子だった。一緒に来た男の一人は完全にひいていたけど、もう一人と僕は「ムリ!ムリ!」とゲラゲラ笑った。そして、彼女と一緒にビールを飲んだ。

 彼女を丁寧に追い返すと、一緒に笑っていた男が気づいた。「ジルオ、あれ見ろよ」。白人の若くてかなり可愛い子だった。ただ残念ながら、その子は黒人のごつい男二人と話をしていた。きっとあれはプッシャー・ポリスだろう。そうでなくても、下手に横取りをしたらかなり危険。結局、僕らは誰もやることなく、タクシーに乗って帰った。僕はまた歩いて帰ることを提案したけど、ひいていた男がかたくなにタクシーに乗ることを主張した。彼はこの通りに着いた瞬間から、臭いと雰囲気にやられたのか、帰りたそうにしていた。その時はうざいと思ったけど、今思えば確実に彼が正常だろう。 

 その夜は、白短パンに白Tシャツでビーチに繰り出した。理由は忘れたけど、それが伝統的なリオの年越しスタイル。カウントダウンを叫び、打ち上げ花火を見て、テクノやサンバの大音響でめちゃくちゃに踊りまくった。これでクリスマスはチャラ。

【前回までの記事】
Take30 リオデジャネイロの懲りない面々(2012.5.4)
Take29 社長(2012.2.10)
Take28 探検(2012.1.18)
Take27 幼き過失(2011.12.31)
Take26 食ジル(2011.12.12)
Take25 夢のひとしずく(2011.11.29)
Take24 夢II(2011.11.19)
Take23 夢(2011.11.6)
Take22 初ステージ(2011.10.4)
Take21 ブラジ龍(2011.9.25)
Take20 アドバイス(2011.8.23)
Take19 月一回の習慣II(2011.7.18)
Take18 月一回の習慣I(2011.7.04)
Take17 日系ブラジル人の葛藤(2011.6.13)
Take16 フェスタ・ジュニーナ(2011.5.23)
Take15 初めての取材旅行働(2011.5.9)
Take14 初めての取材旅行闘(2011.4.25)
Take13 変化の序章闘 (2011.4.18)
Take12 初めての取材旅行(2011.4.11)
Take11 変化の序章(2011.4.4)
Take10 ご近所案内(2011.3.28)
Take9 耳を澄まさなくても聞こえる(2011.3.21)
Take8 ブラジル渡航のわけ(2011.3.14)
Take7 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇II(2011.3.7)
Take6 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 サルバドール篇I(2011.2.28)
Take5 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 フォルタレーザ篇(2011.2.21)
Take4 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇II2011.2.14)
Take3 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 べレンの舞姫篇I(2011.2.7)
Take2 ハード・ネイティブ長距離バス旅行 マラバ篇(2011.1.31)
Take1 ハード・ネイティブ長距離バス旅行(2011.1.24)


【筆者紹介】 ヨネブラ・ジルオ

年齢不詳。大学中退直後、ブラジル、サンパウロにある日刊邦字新聞社で2004年4月から記者を経験。会社の社員寮がスラム街的な場所にあったためか、どうしようもない1年を過ごした(らしい)。その後、紆余曲折を経て、現在はフランス、パリのアンダーグラウンド・シーンで音楽活動をしている。本連載『ブラジル、どうしようもない日々』は、パリで暮らすジルオがブラジル生活を回想して書いた実話。

著書に『もう一つのパリ』。



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