世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                 入土 仁 記
 Take1
 こんにちは、青春

 校舎の階段を屋上に向かって駆け上がるごとに、夏が近づいてくるのを感じた。屋上の空は手が届きそうなほど近く、高校最初の夏休みを迎える僕の期待がそのまま広がっていた。

 青春・・・・

 あれから、10年以上経った。高校も無事に卒業し、大学も出て、大学院にまで進んだ。念願の脱童貞も高一で済ませたし、20歳の頃には気が狂いそうになるぐらい好きになった彼女もいた。18の時に親父が死んでからの数年間は中学生に戻ったように、知らない人と殴り合いの喧嘩もした。それに、高校生の頃からずっと音楽に打ち込んできたし、それなりの青春を謳歌してきた。

 2008年7月。僕は、中学校だか高校だかの改修工事をしていた。高圧洗浄機で外壁のペンキをはがす作業。短いライフルのような‘ガン’の先から、1?あたり500kgの水圧で水が噴射する。それを、左右に振ることによって塗膜を削ってゆく。

 周りの声が聞こえなくなる程、ガンは大きなうなり声を上げる。そして、ガンの振り幅を一定間隔に保ち続けると、ガンは何やら唱え始める。

 ボー ボー ボー ボー・・・・

 ワー ワー ワー ワー・・・・

 ワリ ワリ ワリ ワリ・・・・

 ワリ オワリオワリオワ・・・・

 ガンの発するお経は、僕の脳に浸透していき、マリファナを吸いながらテクノを聴いているような高揚感もなしに、ただ僕をその場所に縛り付ける。そして、僕は虚無的になっていき、懺悔のような告白を始める。

 「こんにちは、僕は猿小ビッチ(サルコビッチ)です。小学生の時にそんなあだ名を一時付けられていました。今の僕はというと、大学院の修士課程を卒業したものの、博士課程進学の試験には落ち、一社だけ受けた就職活動も失敗。それに、修士課程を卒業するまでの目標にしていた、音楽メジャー・デビュー計画も無惨な結果に終わり、バンドも解散する始末。今は、こうしてあなたのお経を聞いて、青春の終わりを感じている次第です。でも、それが、たまらなく寂しいです。」

 廊下面の剥離作業が終って、反対側にガンを配置換えするため、一旦屋上に登ることになった。ガンを抱えた重い足取りで、校舎の内階段を屋上に向かって登った。僕の気持とは裏腹に、階段を上がるごとに、建物は明るさを増した。

 変わらなかった。何も変わらなかった。屋上には、10年前と同じで、夏が広がっていた。空は相変わらず手を伸ばせば、届きそうだった。

 変わらない。まだ、僕は何も変わっていない。まだ、何も終っていない。

 もう一度、青春をスタートさせよう。

 こうやって、僕は突如インド行きを決断した。何故インドかと言うと、あそこには未知の刺激が溢れているような気がしたからだ。刺激的な日々=青春。インドしかないだろう。

 2008年9月、僕は片道チケットを手にインドINした。


【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



2011.9.28 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ