世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                 入土 仁 記
 Take2
 Smells like India 1

 入国審査のゲートを抜けた時点で、「あれ?何か、臭い気がする」と感じる。周囲をチラ見してみても、前屈みに尻を緊張させている人もいなければ、泣いている赤ちゃんもいない。長時間飛行機に乗っていた訳だから、体臭かも口臭かもしれない。でも、慣れ親しんだ匂いとは違う。

 空港ビルを出ると、嗅覚だけでなく、直感的にもその匂いの発生源が分かる。Smells like India そっか、これは、インドの匂いか。くっさ?

 インドINしたのは、夜の9時ぐらいだった。出来れば、昼間のうちに到着しておきたかった。初めてのインドだし、ガイドブックにこんなことが書いてあった。空港から市街地へ行く際には、ぼったくられないように気を付けよう。

 だから、空港ビルを出ると、臭いと思うとともにびびった。100人の汁男優に囲まれたうぶなAV女優の映像が僕の頭をよぎった。自動ドアが開いた瞬間、無数の視線になめまわされるのだ。

 彼らは、直接僕らに触れることはできない。自動ドアの半径10メートルぐらいは進入禁止になっているらしく、彼らはただただ、あまり声を発する事も無く僕を見ている。彼らはもちろん空港で働いている人たちではないだろう。中にはタクシーやオート・リキシャー(三輪バイクのタクシー)の運転手もいたと思うけど、ほとんどはルンペンか一般人かの区別がつかないような人達だった気がする。もちろん、そこにいたのは男ばかりだった。

 あの人ごみの中に入って行けば、三秒で丸裸にされ、どろっどろにされるだろう。「ちょうど、シャワー代わりにいいや」ってバカやろう!そんなシャワー浴びたくないわ!

 というわけで、ガイドブックに書いてあった通り、空港公認のタクシーに乗って、メイン・バザールへ向かった。そこはデリーの繁華街で、バックパッカー用の安宿も多い。ガイドブックに書いてあった安宿の中から適当に一つ選んで、その日はそこに泊まることにした。一階にビリヤード台があるのが気に入ったのだ。

 コロニアル様式風の木造階段を登って、部屋に荷物を運んで行く時、白人の女が僕に微笑を送りながら葉っぱらしきものをふかしていた。緊張のせいか疲れていたから、シャワーを浴びたら寝るつもりだったけど、それを見て急に気分が乗って来た僕は、シャワーを浴びるとホテルの外に繰り出した。

 適当に歩いてみた。ホテルを出て、すぐ右の狭い路地に入って行くと、上半身裸の子供たちが、棒で叩きながら野良犬を追い回していた。さらに奥に進むと、野良犬が群れていて、僕を見ると敵意むき出しに吠え立てた。それに驚いた僕を、数人のインド人が笑って見ていた。その路地を抜けると、少し広い道に出た。牛がいた。なるほど、これが噂に聞いていた野良牛か・・・ 

 無茶苦茶だ。何だここは?!意味不明だ。

 繁華街と言っても、明るいのは街灯の下やライトアップされた看板の周りぐらいのもので、薄暗がりの中、この意味不明の景色に僕は迷子のような気持を感じた。

 それにしても臭っ!

 足下に目を向けると、牛糞らしきものがサンダルを覆っていて、今にもサンダルの皿の部分に闖入してきそうだった。足下の辺りには、牛糞が散乱していた。なるほど、タクシーの運転手が水たまりに気をつけろと言っていたが、あれは牛尿である可能性が高いせいだろう。

 インドに着いて、さっそく野良の集団に加わるわけにはいかない。強烈なインド臭のおかげで正常な意識を取り戻し、宿の近くまでおとなしく引き返すと、近くのバーに入った。

 生ビールを頼むと、瓶ビールがでてきた。だいぶぬるかったけど、それがもはや当然のことのように思えた。でも、やはり、寂しいというか、不安というか、とまどいを感じていたんだろう。普段、初対面の人に自分から話しかけることはないけど、その時は近くのテーブルに一人で座っていた白人の男に自分から話しかけていた。

「どこから来たの?」

 そう言って、彼のテーブルに何気なく移ると、初対面の旅行者がするようなありきたりの会話から初めて、結局一時間ぐらい彼としゃべった。彼はロシア人で、インドは5回目らしい。次の日デリーの動物園に遊びに行く約束をして、僕らはそれぞれの宿に戻った。

 その夜、僕は夢を見た。インド人が牛の糞を手の平にのせ、僕の鼻の前に差し出している。そいつは、僕がどこに行こうとついてきて、相変わらず僕に牛糞をのせた手を差し出して来るのだ。

【バックナンバー】
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



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