世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                 入土 仁 記
 Take2
 Smells like India 2

 太陽は本気じゃない。普段、僕はそう思っている。
 だが、どうやら今日の太陽はいくらかその気らしい。
 つまり、デリー、くそ、暑い。

 気持ちのよい寝覚めだ。太陽の光で壁のシミが消えた部屋と、外から聞こえる笑い声に目を覚ました。ベランダに出ると、隣の建物の屋上でバックパッカーらしき白人が2、3人、かなりtake it easyな雰囲気で談笑していた。

 宿に併設してあるパン屋で朝食をとり、外に出た。そして、2分で引き返す。

 ムンっとしている。夕べは夜だったせいか、乾燥しているとは少しも思わなかったけど、未舗装のメインバザールには砂埃がたっていた。そして、乾いた空気に牛糞が、牛尿が、インド人の顔の濃さが吸収されているのか、窒息しそうになる。

 でも、僕は安らぐべきだ。メインバザールに溢れるバックパッカーに目を向けると、どいつも take it easy風。というわけで、日陰に安らぎを求め、宿の前まで撤退。冷えたコーラを飲んでいると、例のロシア人、THE バックパッカーがやってきた。この人に、バックパッカーの何たるかを教えてもらおう。

 動物園には、オート・リキシャー[三輪タクシー]で行くという。オート・リキシャーという文字を毎回入力するのは大変だから、シャーと書くことにしよう。

 シャーに乗るなり、ドス(仮名。例のロシア人)は言った。
「葉っぱ頂戴」
 次の瞬間にシャーは走り出し、同時に値段交渉が始まった。
「高い、それは高い」
「いやいや、かなり上物だよ」
 交渉はなかなかまとまらない。
 どうでもいいけど、このシャーはどこに向かっているのだろうか。

 そんな事を思っていたら、交差点で衝撃的な光景が飛び込んできた。

 両足がちぎれ、そこから血をしたたらしている男が物乞いをしている。

 悲惨な光景に僕は、咄嗟にその男にお金を渡そうとした。
 でも、ドスは言う。
 「駄目だよ。お金じゃなくて、行動で優しさを示さないと!」
 そして、運転手も言う。
 「その通りだよ。お前(ドスのこと)よく分かってるな!」
 意気投合。その流れで交渉が成立。

 この場合、"行動"とは一体何なのだろう。今、この文章を書いていてそう思うけど、その時の僕は妙に納得していた。

 シャーは、どこだか分からない場所で止まった。もちろん、どこがどこだかまったく分かるはずもないけど、そこが動物園でないことだけは明らかだった。運転手はシャーを降りて、はりきりフェイスでどこかに駆けて行った。

 ドスに聞くと、なんて事はない、ただ物を取りにどこかに行っただけらしい。

 怪しいと言えば怪しいけど、なんて事はない、だってここはインドだもの。全てが怪しいぜ。それにドスがいるから大丈夫。

 そう、take it easy

 30分ぐらいたって、運転手は戻ってきた。500ルピー(当時、千円)づつ払った。相場が分からないけど、ドスがいるから大丈夫。5回来てるんだぜ。

 とにかく、シャーはやっと動物園に着いた。シャーの料金は運転手の満面のスマイル込みで無料だった。

 片道1時間以上かけて来たのに、動物園は休園日だった。「しょうがないな」と言いながら、ドスは人気の無い草むらへと歩き出した。

 おいおい、ドス、まさかこんなところで…
 吸っちゃうんです。
 まー、でも、よく分かんないけど、ドスがいるから大丈夫だろ。5回だぜ。そう、take it easy
 
 キッキーっ。
 
 ? この音は猿の鳴き声ではあるまい。動物園は休園日。インドでは、動物園の動物は営業時間にしか鳴かない、と何かで読んだ気がする。
 
 バタンッ

 振り向くと、パトカーらしきものが停まっていて、ポリスらしき物体が車の外に立っていた。

 ドス……

 約7メートル後方に彼は立ち、明らかにこっちを見ている。

「なー、ドス、あれ、まさかポリスじゃないよね?」
「うん、逃げた方がよさそうだな。」

 いきなりかよ。インド、実質1日目にして監獄行きかよ。刺激を求めてインドにやってきたけど、それは刺激が強すぎる。青春どころじゃない。

 でも、この距離じゃ、逃げ切れないだろ。でもだ、とにかく、この状況はまずい。僕らは急いでペットボトルを土に隠すという、かなり効果の期待できない行為をして、そそくさと歩き去ろうとした。

「おい、お前ら。吸ってたろ。そこで、吸ってたろ。」
やはり、こっちを見てたんだね。

「いやいや、何もしてないよ。っていうか、あんた誰?」(仁)
「警察だよ」
 ビンゴ!!!!!!!!!

「ただ、タバコ吸ってただけだよ」(ドス)
「じゃー、さっき隠してたのは何だよ?」
 当然、そうなりますよね。

 それでも、僕らはシラを切ろうとし続けた。
「あれは、ただのゴミだよ」(ドス)
「そ、そうだ、そうだ!」(仁)
「それに、僕、昨夜インドに着いたばっかりで、この国のことまったく分からないんです。もっとこの国のことたくさん知りたいなー。」(仁)
 
 この台詞が効いたのか、それとも冷静を装うドスとは対照的に、焦りを隠しきれず、目をしぱしぱさせる男が哀れに映ったのか、ポリスはこう言って立ち去った。

「俺は、吸ってるぐらいじゃ捕まえないよ。でも、こんな公共の場で吸うのはやめろ」

 よかった。本当によかった。

 ただ、ポケットの中の物まで捨てなくて本当によかった、と同時に思った僕は、端からインドをだいぶなめていたようだ。(物でインドの刑務所に入っている日本人は少なからずいるみたいです。)

 僕らは、性懲りもなく、場所を変えてまた吸い出した。そして、気持ちよくなってきたところで、万博にでもありそうな、現代科学館みたいなところに行った。
 
 高度成長期の日本のゲームセンターにでもあったであろうような、子供だましな物が陳列してあって、二人でいちいち爆笑して見て回った。『人類の進化』。確か、そんなタイトルの映像がスクリーン室で上映されていた。ドスはそれを見て狂ったように笑っていた。かなり、極まっていたらしい。

 バックパッカーたるもの、かくあるべし。

【バックナンバー】
Take2 Smells like India (2011.10.1)
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



2011.10.14 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ