世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                      入土 仁 記
 Take4 Smells like India 3

  タクシーを降りて、ドスと物を待っていた間のことだ。その周辺には、明らかに手を抜いたコロニアル様式風な薄ぼけた建物が多かった。以前、他の旧植民地国で見たコロニアル様式の建物は、もっと手の込んだ作りをしてあったことを思い出し、インドの植民にイギリスはそれほど本気ではなかったんだろうかと考えながら、一人で建物を見てぶらついた。すると、一人のインド人が僕に話しかけて来た。

「やー、君はどこから来たんだい?」
 日本だと答えると、彼は質問を続けた。
「いつ、来たんだい?」
 昨日だと答えると、嬉しそうな表情を見せた。
「デリーには、どれぐらい滞在するつもり?」
「特に決めてないけど、一月ぐらいは滞在して、もっとこの街のことを知りたいな。インド人のことも知りたいし。」
「そっか、それは素晴らしいよ。そうするべきだよ!それなら、アパートを借りるべきだ。なんなら、俺が紹介してやろうか?インド人の友達もどんどん紹介するよ」

 この時、体験的にインド人に対して持っていた知識はほぼゼロ。ガイドブックにメインバザールのインド人に気をつけろとは書いてあったけど、今この場所の事は何も書いていない(それに、ここがどこだか分からない)。そうなると、もともとイメージ的に持っているガンジー的なインド人像が圧倒的に強い。僕は、彼を何て親切なんだと思った。かつて、イギリスにただ奪われるだけ奪われたインド、インド人。こんな親切な人らを・・・ 同情心まで湧いてきて、その親切さに心がつまった。

 家賃のことなど具体的な話をしていると、物を持ったドスがやってきた。
「今は、行かなきゃいけないから、また今度話しを聞かせてよ」
「そうかい。じゃー、電話番号渡すから、いつでも連絡してくれ」
 そして、彼とは別れて、ドスと動物園に行ったわけだ。

 こんな展開の後だったので、この鬼畜白人め!とドスのことを少し軽蔑し黙りこんでいると、ドスが話かけてきた。
「ジン、お前さっき、あいつと何をしゃべってたんだ?」
「あいついい人でさ、俺にアパート紹介してくれるっていうんだよ」
「いや、その話怪しいな。あいつには気をつけた方がいいぞ」
「no no no あいつは親切な人だよ!」黙ってろ、この鬼畜米英!そんな口調でドスにそう言うと、ドスは冷静にこう尋ねてきた。
「じゃー、お前、いつインドに来たか、あいつに聞かれなかったか?」
「聞かれたけど、それが何だよ?」
「インドに来たのは、何回目かも聞かれただろう?」
「うん、聞かれたけど、だから、それが何だよ?」

 つまり、こういうことらしい。カモを探しているインド人は、カモを発見すると親切そうに近づいてきて、そいつがどれぐらいインドのことを知っているか、まず探りを入れる。未経験者はかなりいいカモなわけで、しかも、そいつがまだ来たばかりだとすると、金もまだ全然たくさんもっているから、まさに”鴨がねぎしょってやってきた”状態らしい。確かに、僕が「昨日来た」と告げた時、彼は嬉しそうな顔をした。だから、「いつ来た?」「何回来た?」と親切そうに話かけてくるインド人は、セカンドバックを小脇に挟み、アニマル柄のジャージを着てる日本人と同じくらい警戒した方がいいという。
 
 ただ、ドスの話を完全に信じたわけではなかった。それに、彼には僕の連絡先は教えていないし。しかし、科学技術館から宿に戻ってきて、一人でメインバザールを歩いていると、いるではないか。例のインド人が。メインバザールに宿泊していると告げたはずはないのに。きっと、僕が通るのをずっと待っていたんだろう。僕を視界に捉えると、「Hey my friend !」って、嬉しそうに話しかけてきた。アパートのことを話そうと言ってくる。これは、だいぶまずい(気がする)。こいつは怪しい(気がする)。
「やっぱり、今はまだいいよ。必要になったら、僕の方から連絡するから」

 でも、すごい勢いで彼は僕にアパートを借りるように勧めてきた。そして、それに耐えかねて、僕が切れ気味に断ると、彼はこう言った。

「じゃー、ドラッグはどうだい?何でも揃えるよ。」

 アビャーっ!こいつ、完全にアウトだ!僕の両腕にかけられていた彼の手を振りほどき、前進したけど、そいつは50メートルぐらい、話かけながらついてきた。ナンパでもあんなしつこいのは、見た事もなければ、やった事もない。しかも、30分後ぐらいにその道を引き返してくると、まだそいつはそこで僕を待っているのだ。もう、やらしちゃおっかな。いや、駄目だ。もう、何だか薄気味悪い。メインバザール、なんだここは?よく考えてみたら、メインバザールを通る度に、数人のインド人が声をかけてきては、「いつ来たんだ?」と聞いてくる。それに物乞いもしつこく僕を追いかけてくる。臭い、胡散臭い、顔が濃い。オラッ!野良牛、どけっ!上空を飛んでいた小鳥が、メインバザールに差し掛かったとたん、ポテッと落ちてきた。

 いったい、どのインド人を信じればいいんだろう。こんなに人間不信になったのは、中学一年の時、僕を可愛がってくれていた中2の先輩女子不良グループに呼び出され、手のひらを返したように、ボロクソに言われた一件以来だ。

 朝見たコロニアル風建築群が手抜きで薄汚れているのも、インド人のせいにさえ思えてきた。僕は、宿の外に出るのが嫌になった。
 
【バックナンバー】
Take3 Smells like India 2 (2011.10.15)
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Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



2011.11.23 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ