世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                      入土 仁 記

 Take6ガンジス川のほとりにて1
 
 「ジン、起きて」
 イザベラの声で目が覚めた。朝靄を通過したぼやけた太陽の光が列車内に広がり、クワガタ取りに行く夏休みの早朝を思わせた。
「もう少しで着くけど、どうする?どこか、泊まる場所は決めてあるの?」
「いや、決めてないよ。どこか、いいところ知ってる?」
「静かな場所とうるさい場所どっちがいい?」
「だんぜん、静かな場所。」
「じゃー、私が住んでいるゲストハウスにおいで」
  
 30分もしないうちに、列車はバナーラシに到着した。予想はしていた。列車を降りて駅舎の方に行くと、やはりインド人が群生していた。でも、大して気にならなかった。「私が住んでいるゲストハウスにおいで」という、『Boys Be...』の8ページ目的状況に置かれていたから。

 でも、この時、僕はゲストハウスの意味を知らなかった。イザベラは金持ちで、ゲスト用の家を持っていると思っていた。そこに誘うということは、僕の事を好きなんだろうと。

 イスラエル人の女の子もイザベラの住むゲストハウスの近くに住んでいるということで、3人でぎゅうぎゅう詰めのオートリキシャーに乗り込み(僕の荷物のせい)、イザベラのゲストハウスへと向かった。駅周辺の舗装されていた道路は、街の中心部に近づくに従い、未舗装の埃っぽい道に変わっていった。人口100万人を超える大都市ながら、ヒンドゥー教最大の聖地でもあるせいだろう。野良牛もそこら中にいた。オートリキシャーからこの街を眺めていると、タバコにコーヒー、磨かない、で茶黄色になった先輩の歯が思い出された。街の匂いも先輩の口臭に近かったのかもしれない。
 
 中心部を抜け、人通りがまたいくらか少なくなった。イザベラのゲストハウスは、ガンジス川の河岸にあった。雨期になると、ゲストハウスの入り口近くまで川面が近づく。建物に入ると、まずは調理人らしき人を紹介された。次に使用人らしき人。三番目に紹介されたのは、見た目オウム信者の日本人だった。オウム信者は、このゲストハウスに住んで3年になると言っていた。イザベラは自分の部屋も見せてくれた。そこは、オウム信者の部屋と変わらなかった。そして、僕は気づいた。ゲストハウス イズ ただの安宿だと。イザベラの青春の言葉は、誘いというより、勧誘だったわけだ。

 ここで、この話が終わるとする。こんな勘違いの展開でも『Boys Be...』なら、思わせぶりなシーンで幕を閉じるだろう。でも、イザベラに次に紹介されたのは、彼氏のダニエルだった。
 
 つい先日住み始めたバックパッカーのおかげで、このゲストハウスが空室無しになっていたことは、それほど残念に思われなかった。僕はオウム信者の紹介してくれた、もっと人通りの少ないゲストハウスに身を寄せることにした。ガンジス川のほとりにあるゲストハウス。雨期は休業だろう。
 
【バックナンバー】
Take5 Train,train,train (2011.11.23)
Take4 Smells like India 3 (2011.11.19)
Take3 Smells like India 2 (2011.10.15)
Take2 Smells like India  (2011.10.1)
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



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