世界の路地、それぞれの日々
 青春インド
                      入土 仁 記

 Take7 ガンジス川のほとりにて2

 窓の下にはガンジス川が流れていた。屋上のテラスからは、ガンジス川の左岸沿いに伸びるバナーラシの古い街並が一望できた。川岸の建物は不揃いながら、どれも聖なる川に畏怖の念を示し姿勢よく整列してるようだった。

 ただし、僕は街から離れたゲストハウスにいて、観光客気分でその景色を眺めていた。照りつける太陽、そびえ立つ入道雲。窓の下はビーチに見えないこともない。ここ、リゾートやん。

 イスラエル人の女の子と出会ったのも、このゲストハウスに宿泊開始して3日目の朝、リゾート気分前回の時だった。

 その朝、ミルクティー(チャイ)とトースト、フルーツサラダを部屋まで届けるよう宿の調理人に頼むと、そのまま部屋の外にギターを持ち出し、プラスティックの椅子に腰掛けながらポップ・ロック風の曲を即興で歌った。レインボーカラーの短パンを履いて。

 I met you in river side I met you in river side near the heaven …

 やはり、ここはリゾート。浮かれ気分をダイレクトに表現しただけの曲につられて、階下から髪の長い若い白人女性がゆらゆらと浮遊してきた。

 「楽しそうね。誰の曲?」

 あれは、何と言う映画だったろうか。東欧の田舎町が舞台で、誰とでも寝る女とその子を好きな男が主演。その男が徴兵され、中東の戦場で心傷つき、帰国後その子に再会するという単純な物語ながら、戦場と田舎町とがパラレルにリンクされた複雑な設定。とにかく、その女性はその誰とでも寝る子に似ていた。背の高さ、長い髪、ふくよかな体つき、薄い顔。アナという名前。やれる。この子はやれる。

 「適当に歌っているだけなんだけど、一緒に歌う?」

 そうやって、隣に座るように促すと、アナは言われるままに座った。そして、一緒に歌い、僕のつたない英語につきあい、僕が単語につまって笑顔でごまかすと、一緒に笑ってくれた。この包容力、やはりあの映画の子と同じだ。真夏のような朝、石廊下に残る冷気に優しく包まれる中、視線がぶつかり、僕は出会って30分でキスしそうになった。

 でも、まさにその時、ミスター・ビーンそっくりのイギリス人中年が奥さんを連れて、不意に廊下の角から姿を表し、僕に声をかけてきた。
 
「やー、朝からご機嫌だね!そろそろ行こうか」

 ビーン夫妻とは前の夜、屋上のテラスにある食堂で出会った。それで、この日の朝、バナーラシの近郊にある、仏陀が初めて説教をしたとされる場所に一緒に行こうという話をしていたのだ。

 僕は開けっぱなしの部屋の入り口から見えたベッドに目を一瞬目を向けると、出かけなければならないことをアナに告げ、そのままビーン夫妻と出かけた。
 
 その日の夜、僕はシャワーを浴びたてのアナと一緒にいた。

 夕方宿に戻ると、僕はシャワーを浴びてアナと出かけた。数日前に車に足を踏まれたといアナに付き添い病院に行き、ファーストフード店で晩飯を食い、その後宿に戻ると「葉っぱを吸おう」とアナを部屋に連れ込んだのだ。

 アナは一度、自室でシャワーを浴びてから、僕の部屋にやってきた。僕らは葉っぱを吸い、僕は極ったふりをしてアナの手を引き、ベッドに倒そうとした。するとアナが言うのだ。「ふざけるな!私は軍隊にいたのよ!あんたみたいな男なんて!」そう言って、アナの手をつかむ僕の手を捻り上げ、そのまま部屋を出て行った。

 アナはあの映画の女とは違うのか?そう言えば、僕の好きな故アラファトを「あいつは敵だ。死んでせいせいする」と言っていたし。いや、違う。問題は僕の方。アナを待つ間の妄想とアナの濡れた髪が、僕を変えた。僕はもうそれまでの無邪気な笑顔を作る事ができなくなってしまっていた。つまり、あくまで下心を隠そうとする僕の態度は、不自然な一種の童貞的強がりに変わっていたのだ。
 
 翌日の夕方、宿の犬と戯れているところにアナが表れた。昨日の朝のような包み込むような表情はしていなかったけれど、昨夜のことに怒っている様子もなく、僕に近づいて来た。僕も謝らなかった。

「私、今夜の列車で他の街に行くわ」

 もう、やれる見込みはないと思っていた僕は、そっけないぐらいに「そっか、それは残念だ。気をつけてね」と返した。
 
 それから1時間後、アナは僕の部屋のベッドの上に横になっていた。

 列車の出発の時間までには、まだ5時間以上あるものの、すでにチェック・アウトしていた彼女は特に行くところがない。しかも、少し熱っぽいという。僕の部屋で休んで行くよう勧めるのは人の義務だ。 

 2時間後、気持ちよかった。

 さらに2時間後、オートリキシャーでアナを駅まで送った。アナを乗せた青い寝台列車がホームを去ると、別の青い寝台列車が別のホームに漂着して、さざ波みたいだった。

 I met you in river side I met you in river side near the heaven …
 
【バックナンバー】
Take6 ガンジス川のほとりにて1(2011.12.24)
Take5 Train,train,train (2011.11.23)
Take4 Smells like India 3 (2011.11.19)
Take3 Smells like India 2 (2011.10.15)
Take2 Smells like India  (2011.10.1)
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



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