世界の路地、それぞれの日々
青春インド
                      入土 仁 記

 Take9 グルジ99 ガンジス川のほとりにて4 

 ガンジスの川面に映る朝日は、常にインドの人々に神への道筋を示している。早朝、手漕ぎのボートに乗りながら思った。黙ったままボートを漕ぐインド人のおじさん。流れてくる黒く変色した遺体。ガート(船着き場のようなもの)で沐浴する人。朝のお祈りを捧げる人々。太陽は、バナーラシを流れるガンジス川と直角に昇ってきた。朝日、川面に映る朝日、川面に浮かぶ僕、当然のことだけどその三点は真っ直ぐに連なっていて、朝日は真っ直ぐに僕のところに向かっている。その自然な事が何か神秘的だった。

 やはり、ここは神聖な都市。敬虔なヒンズー教徒にとって、この地を訪れる事は生涯を通しての目標でもある。この街のガンジス川で沐浴すれば、それまでの一切の悪事が許されると言われる。また、ここで死ねば魂が救われると人々は信じていて、死を待つ人々が最後の時を迎えるために、この街にやってくる。(解脱の館と呼ばれる死を待つ人を受け入れる施設もある。)亡くなった人は、マニカルニカー・ガートという火葬場で焼かれ、そのままガンジス川に流される。(火葬用の薪を買うお金の無い人や妊婦などは、そのまま流される。)そのため、早朝のガンジス川には死体が浮かぶ。

 この街で、僕は一人のグルジに出会った。グルジとは、宗教的に言えば麻原彰晃(グル)のような存在。何らかの悟りを開いた人であり、サドゥーと呼ばれる修行僧とは区別される。また、日本の師弟制度のように、弟子が師匠を呼ぶ際にも使われる。一言で言うと、何かを極めた人を意味する。(ジー=様)。

 このグルジ、名前をシャームと言った。インド中を放浪していて、たまたま僕と同じゲストハウスに滞在していた。彼はインド人だけど、どこか西洋風な表情をしていて、スカーフを巻いていたり服装もどこかモダンで普通のインド人とは違っていた。屋上のテラスで瞑想に耽っているのを見かけることもあった。

先にタイトルの説明をさせてもらいたい。インド滞在8ヶ月の経験から言うと、グルジ、サドゥーの99%は偽物。ほとんどが俗物、もしくはドラッグのディーラー、または詐欺師。シャームも完全な偽物だった。最後に正体をさらそうと思ったけど、駄目。あいつの間抜けな顔が首のあたりにまとわりついて、掻きむしりたくてしょうがない。

 テラスで英語の勉強をしている時、シャームは白人のブラジル人カップルと一緒に僕の前に表れた。とても彼らと親しげな様子だった。これが、まず第一の手口。その親しげな様子を見て、彼への警戒感は無くなる。

 シャームは気さくに僕に話しかけて来た。「君は日本人?何やってるの?」と。そして、いつの間にか彼と仲良くなった。一人でインドで英語を勉強している暇人と言えば、孤独でとても頭が悪そうだ。カモに持ってこいだろう。

「バナーラシには弟がいて、今から会いに行くけど、お前も一緒に来ないか?」
出会って一時間も経っていなかったけど、僕は付いて行った。リキシャー(人力車)に揺られながら、シャームは語りだした。
「俺はインドの各地を渡り歩いていて、行く先々で人々は俺のことをグルジって崇めるんだ。」

そう言って、彼はノートを取り出すと、日本語の文章を僕に見せてきた。日本人女性の筆で、"あなたに出会えて本当に良かった。素敵な思いでをありがとう"と書かれていた。孤独のあまりトチ狂った女がこいつに抱かれたのだろう。

リキシャーのお金を僕が出した代わりに、シャームは昼飯をおごってくれた。弟の店はインド服屋だった。「お前のお母さんにプレゼントしてやれよ」と彼は言った。さすがに買わなかった。

 宿に帰ると、ブラジル人カップルが僕に話しかけてきた。
「あいつ大丈夫?」
「そうなんだよ。あいつなんか臭うよね」
当然、彼らも気づいていた。でも、大人として、直接的な被害に合わない限り、人を邪険に扱うことは出来ない。きっと、ブラジル人カップルもそんな訳で、遂には例の弟の店で服を購入することになったのだろう。

ある日、部屋でギターを弾いていると、シャームがやってきた。葉っぱ、その他を持参していた。「買わないか?」とシャームは言った。一通り試してみたけど、どれもくそみたいなモノばっかりだった。ある晩、「ガートに行けば、俺の信者がたくさんいて、みんながグルジと呼ぶんだ」と言うから、面白半分と孤独から付いて行ったら、誰も彼に話かけもしてこなかった。

 こいつ馬鹿なのか。これだけ、自分が偽物であることを曝け出しておきながら、それでも"自称グルジ"として、僕にまとわりついてきた。僕が部屋にいるとやってくるし、テラスにいてもやってくる。誰かと話をしていてもそこに入ってきた。ただ、邪険には出来ない。

 でも、この自分が偽物であることを気づかせるのも実はわざとだったのかもしれない。

ついに、彼が明らかに僕に実害を加えようとする時がやってきた。彼は、沈鬱な顔で僕の部屋に入ってくると言った。
「畜生。バックを盗まれた。財布も新しいジーンズもそこに入っていたのに。宿も追い出される」
「そっか、それは気の毒だな。でも、弟のとこに行けばいいじゃん」
「いや、お前は分かっていないよ。インドでは、兄貴が弟の世話になるってことはあり得ないんだ。なあ仁、俺を助けると思って、葉っぱを買ってくれないか?」
「嫌だよ。というか、お前グルジだろ?信者からお布施もらえよ」

 彼はこのグルジという言葉に反応した。「そうだよ。俺はグルジだ。でも、俺が自分からお布施を求めに行く事は出来ない」。そして、僕に任天堂DSを欲しがる小学生のような提案をしてきた。

「それじゃ、俺がグルジだってことを今から証明するから、そしたら買ってくれよ」。
「いいけど、どうやって?」
シャームはあぐらをかいた姿勢から、両拳を地面につけ、身体を持ち上げ始めた。
「これを30分続けたらどうだ?」
「いいよ」

一分もたずに終了した。彼はしばらく下を見つめると、泣きそうなアホ面で訴え始めた。「本当は俺はグルジなんかじゃない。まだまだ修行が足りないんだ。なあ、俺は一体どうしたらいい?教えてくれよ。もう、自分への自信も無くしてしまったよ。」

 気持ち悪っと思う反面、正直哀れに思えてきた。僕は財布を開いた。 

 この一件以来、シャームは僕の前から姿を消した。でも、それから10日ほど経った頃、夕暮れに彼は再び姿を表した。その夜、僕は汽車で別の街に行く事になっていて、荷造りの最中だった。彼は、前の自称グルジ面をだいぶ取り戻していた。今夜、出発することを告げると、彼は例のノートを広げて、何かメッセージを書いてくれと頼んできた。

 "こいつは偽物だぞ。でも、もしかしたらインドはいい国かもしれない。こんな奴でも生きていけるのだから" そう、ちゃんと書いてあげた。これ以上、こいつに日本人女性が抱かれるのは許せない。

 でも、こんな奴でも一月ほど滞在したバナーラシの貴重な思い出の一部。「一杯おごるよ。屋上で飲んで行けよ」。僕がそう言うと、彼はかなり喜んで屋上に走って行った。
宿を出る直前、シャームに挨拶をするために屋上に行くと、彼は数人のバックパッカーに何やら熱弁を振るっていた。顔は完全に元のグルジ面に戻っていた。

そして、僕は宿を出る際、追加でビール5本分の請求をされた。シャームの自信も回復するわけだ。

【バックナンバー】
Take8  ガンジス川のほとりにて3(2012.1.30)
Take7  ガンジス川のほとりにて2(2012.1.4)
Take6 ガンジス川のほとりにて1(2011.12.24)
Take5 Train,train,train (2011.11.23)
Take4 Smells like India 3 (2011.11.19)
Take3 Smells like India 2 (2011.10.15)
Take2 Smells like India  (2011.10.1)
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



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