世界の路地、それぞれの日々
青春インド
                      入土 仁 記

 Take12 誕生日

 非常に非常に悔しいが、僕とイザベラの間には、リストカット級の後悔とは裏腹に、濃密な関係が築かれていたようだ。コリンとイザベラがネパールを去り、数日間はだいぶほっとしていたものの、急に孤独感に襲われるようになった。一緒にご飯を食べたりする、何人かの新しいバックパッカーの友達も出来ていたし、ネパールのミュージシャンとも友達になっていた。それでも、何故だか大変な孤独感が正直あった。

 そんな時に誕生日がやってきた。わざわざ「今日は僕の誕生日だから祝って下さい」とは誰にも言えず、彼女のいないクリスマスやバレンタインデーのような敗北感混じりの孤独を抱えていた。

 やはり、こんな時に恋しくなるのは、イザベラではなく日本人。そうだ、イザベラとの濃密な関係なんて虚言だ。あいつによって僕は心に傷を負い、誕生日は言わば塩に過ぎない。

 とにかく僕は日本女を探して、夜8時頃カトマンズ随一の繁華街タメル地区に向かった。このさいはっきり言おう。本当は別に日本人じゃなくてもよかった。ただ、日本人が一番おとしやすいだろうと思い、日本女にターゲットを搾っただけ。

 やたらと人目が気になった。こそこそみんなに笑われているような気がしてならなかった。
「おい、みろよ。あいつ誕生日なのに一人だぜ」
「あいつだよ。スイス人のおばさんにセックス断られたっていう日本人は」

 そんな幻聴がひそひそ鳴る中で外人女に話かける勇気はあるはずもない。

 タメル地区は世界中からバックパッカーが集まる場所。当然日本女もたくさんいるだろうと思った。でも、ほとんど見かけない。一時間近くぐるぐる歩いてやっと30際ぐらいの日本女二人組を見つけた。正直好みじゃないし、それに一人でいる子を狙った方がいいけど、そんな贅沢は言ってられそうもなかった。とりあえず、二人の後をつけて15分ほど歩いた。そして、二人が露天で立ち止まったところで、声をかけた。

 「おすー。ねー、ちょっと聞いてよ。俺、今日誕生日なのに一人なんだよ。可哀想じゃない?!ねーお姉様、一杯付き合ってよ!」

 おちゃめな声でそう言うつもりだった。でも、僕の口から出た言葉は、相当に震えていた。
「すすすす、すみません。ああああ、あのー、日本人ですか?」

 いじめられっ子が命令されてナンパしていると思ったのだろう。いや、単に気持ち悪かったのだろう。一瞬僕に目を合わせると、二人は目配せも無しに同時に小走りで去って行った。

 最悪だ。本当に最悪だ。見た?あいつらのあの目。外人があの目をしたら、人種差別で死刑だろう。いや、むしろ、自分への恥辱罪で僕を死刑にして欲しかった。そうすれば、ネットに「つらいことがあったんだ。孤独だった。誰かに祝って欲しかっただけなんだ」と犯行理由を書き込んで、ヒーローになれたかもしれない。

 その後、一人でステーキを食べ、頼んだビールを半分以上残して、電力供給停止中の真っ暗な宿に帰った。その後の記憶は無い。

【バックナンバー】
Take8  ガンジス川のほとりにて3(2012.1.30)
Take7  ガンジス川のほとりにて2(2012.1.4)
Take6 ガンジス川のほとりにて1(2011.12.24)
Take5 Train,train,train (2011.11.23)
Take4 Smells like India 3 (2011.11.19)
Take3 Smells like India 2 (2011.10.15)
Take2 Smells like India  (2011.10.1)
Take1 こんにちは、青春 (2011.9.28)

【寄稿者紹介】入土 仁(インド・ジン)。2008年春、大学院で社会哲学の修士号を取得後、一職人として建築現場で働いていたが、その年の秋に突如インドIN。現在、宇宙飛行士を目指す入土仁が、過酷な訓練の最中に回想した、青春インド放浪記。実話。



2012.5.4 世界の路地、それぞれの日々  文筆劇場・トップ