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 思考より速く

 ビル・ゲイツの著作に『思考スピードの経営』というタイトルの本があった。内容はほとんど忘れてしまったが、このタイトルだけはよく覚えています。確かに、ごく普通の日常生活の中では、思考のスピードは、行動より速い。

 しかし、ひとたび、極限的な状況になれば、思考と行動(動作)のスピードは、逆転します。例えば、護身術の本や映像作品などでは、「相手がこうきたら、こうする」というパターンが定石のようにあります。

 ただし、実感としては、試合の場では、バコーンと打撃を受けてからようやく、「相手がこうきた!」と知覚すると言った方が近い(これは、かなりマヌケな状況ではあるが)。

 つまり、相手の攻撃を正確に認知してからこちらがどう対処するかを考えていたら、とうてい間に合わない状況があります。

 幸い、相手の打撃をうまくさばいた時も、「相手がこうきたから…」と頭の中で情報処理しているわけではありません。感覚としては、気付いたらうまくいっていたわけで、むしろ自分の動作に自分で驚いています。(この間、意識や思考は、常に「後追い」の状態にある。)

 日常生活でも、例えば、沸騰するヤカンに手を触れたら、瞬間的に手を引っ込めるわけで、脳が「熱い!」と感じるのはその後です。

 もちろん、無意識の動きといっても、デタラメに動いていいわけではなく、背景には膨大な論理が潜んでいます。その膨大な武の理を学ぶには、やはりもう地道に稽古を積むしかないでしょう。

 学習心理学の立場からすれば、物事の上達というのは、「できないことに気付かない」「できないことに気付く」「意識して、できるようになる」「意識しなくても、できるようになる」という段階をたどると言われます。

 この説に従えば、試合というのは、どれだけ「意識しなくても、できるようになったか」を問う場であるように思います。

 僕自身は、普段の稽古では、「できないことに気付く」状態から「意識して、できるようになる」状態へと移行する過程に最大の価値と重点を置いています。

 しかし、そうやってできるようになった(と自分で思いこんだ)技であっても、試合で使えるとは限りません。いや、それは、厳密に言えば、「できない」ということなのです。  

  山田宏哉記

P.S. などと、僕が言っても何の説得力もないですね。

2006.11.10
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