(1055)

 時間のマクロ・サバイバル

 掃除屋の仕事で、作業を終え後、ひたすらタイムカードを持って打撲機の前で待っている人がいます。彼は、定刻と同時に、タイムカードを打ち、1分1秒を争うように去っていきます。

 その頃、僕は倉庫の中で、入念に準備体操やストレッチ、筋トレなどをしています。あるいは、メモ帳の情報整理をしています。だから、定刻と同時にタイムカードを押すようなことはありません。

 おそらく、本人としては、時間を有効活用しているつもりでしょう。  そして、僕のような人間は、「時間の使い方が下手」に見えるでしょう。

 しかし、彼は、30代中盤で、いまだにフリーターです。  いや、フリーターがいけないわけではないのですが、時間を追うごとに、状況が悪い方に向かっています。

 確かに、彼は、ミクロ・サバイバルの視点からすれば、効率的な作業法を実践しているといえるでしょう。

 しかし、マクロ・サバイバルの視点が皆無なので、あたかも底なし沼であがいているようです。底なし沼では、むしろ、ジタバタ暴れるほど、早く沈んでいきます。

   実際、彼は1秒でも早く百貨店を後にすることに気をとられ、大事な入館バッジを何度も無くしました。

 そのせいで、ついに着替えの場所が、時間のかかる面倒な場所に移されました。タイムカードを持って打撲機の前で待っていた涙ぐましい努力が、水泡に帰したわけです。

 確かに、1分1秒を争うミクロ・サバイバルの状況は存在します。  しかしそれは、かなりのストレス(交感神経の緊張)を強いることを忘れてはいけません。「ここぞ」という状況以外では、使わないことです。

 「タイムカードを打つ」などという生命や生活の危機と関係ない行為で、1分1秒を争ってはいけないのです。

 逆説的ですが、うだつの上がらない暇人ほど、エレベーターの「閉」ボタンをひっきりなしに押します。社会的地位の低い人ほど、短気なのです。

 差別発言ですが、ホームレスや日雇い労働者って、殺伐としていて、すぐ怒鳴るでしょう。こういうのは、何より、身体に悪いです。

 それより、1日単位、1週間単位で、何を達成できたかの方がはるかに大切です。    

  山田宏哉記

追記。 我ながら、何様のつもりだ、って感じですね。

2006.11.18

記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ