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  出版縦横記 文章のプロ編

 「出版サバイバル記」「編集見習い記」を改めまして、「出版縦横記」を開始いたします。

 この仕事を始めた当初は、とにかく解雇されないことだけを考えて、頑張ってきました。それこそ、電話が1本かかってくるごとにビクッとしていました。

 今はそれが、軌道に乗って、さしてジェット・エンジンをふかすことなく、仕事をすることができるようになりました。

 さて、最近、テープ起こしの仕事を集中的にやりました。  先日は、通常の勤務時間中にも、テープ起こしをやりました。

 テープ起こしというのは、単純作業のように見えますが、意外にも、センスが要求されるのです。

 残念ながら、声が一字一句正確に聞き取れるということは、あまりありません。だからこそ、文脈から判断せざるをえない状況が多々あります。

 あるいは、漢字か平仮名かカタカナか。句読点での間の取り方などによって、記事の印象は変わってきます。いやむしろ、内容が決まっているという制約があるからこそ、文章修行になるのです。

 そこで先日、ハッと気付いたのですが、ということは、曲がりなりにも、僕は文章を書いて(PCのキーボードで文字を打って)お金を稼いで生活していることになります。(テープ起こしだけど。)

 ということは、僕は文章のプロフェッショナルということになります。(テープ起こしだけど。) 

 冗談はともあれ、これまで、膨大な時間とお金を活字文化に投資してきました。  僕と、「活字文化」との関係では、一方的に僕がお金を払う側でした。そして、読む側でした。

 それを恨めしく思う気は全くないし、十分に見返りはありました。  ところが、その投資も一定量を超えると、お金が逆流を始めました。編集長との口約束で、仕事も依頼されるようになりました。("今は"テープ起こしだけど。)  

 努力というのは、"長期的に見れば"、やはり報われることが多いように思います。  

山田宏哉記

追記。 まぁ、同時に、掃除のプロフェッショナルでもあるのですけどね。こっちは、何の自慢にもならないので、あえて語りません。

2006.11.21

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