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  「申し訳ない」と口では言う

 エスカレーター清掃をしながら、雑談していると、4回も同じ重大ミスを繰り返している人が話題になりました。

 これは採用の折、「解雇もありえる」と言われる重大な過失です。  しかし、本人がキチンとしていれば、防げることです。

 僕は言いました。  「いくら口で申し訳なさそうに言っても、(具体的な)対策を立てなかったら、反省しないのと同じですよ。」

 「厳しいねえ」と言われましたが、これは本音です。

 4回も解雇もののミスをしている彼は、遅刻の常習犯でもあります。  遅刻をすれば、毎回、大仰に頭を下げて「すみませんでした」と言います。  しかし、彼が翌朝から変わるかといえば、そんなことはありません。

 結局、謝罪すれば、すべてが水に流されて、許されると思っているのでしょう。  だから、いけないのです。

   その場しのぎの謝罪だけなら、サルでもできるのです。

   誠意がない人ほど、バーゲンセールのように謝罪の言葉を陳列します。  これは、覚えておいて損はありません。

   土下座など見たくありません。それより、リカバリーと再発防止に全力を尽くすべきなのです。

 「私は胸が張り裂けんばかりに心を痛めて申し訳ないと思っている。だから、許してほしい。」などというのは、ただの自己陶酔で、反省でもなんでもないのです。

 謝罪における誠意とは、「二度と同じ過ちをしないように全力を尽くす」ということ以外ではありえません。  もしそれが、取り返しのつかないことなら、お金を払うことです。

 人物の評価は、行為によって決まるし、またそうあるべきです。

 (単に「あいつを殺したい」と思うだけなら、誰しも身に覚えのあることで、殺意ではありません。ですが、実際にナイフや拳銃を手にとって相手に向けたら、当人が内面では何を思っていようと、それは「殺意」と判断するしかありません。)

 例えば、線路に転落した幼児がいた時、心を痛めて立ち尽くすだけの優しい善人と、線路に飛び降りて幼児を救出した単なる目立ちたがり屋の悪人がいたとします。僕は、前者より後者をはるかに高く評価します。

 そして、仮に同じミスを繰り返したら、口で何と言おうと、それは結果において、「誠意がない」「反省していない」ということなのです。  

山田宏哉記

追記。 そう、口では何とでも言えるのです。自戒の意味をこめて。

2006.11.23

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