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  対社会戦略としての休息

 すべからく、現代社会というものは、「労働は善、休息は悪」といった道徳律で動いています。ですので、睡眠時間を削って働くことが、基本的に美徳とされます。

 特に、ビジネスの現場では、「なるべく早く」という指示がよく使われます。  「なるはや」と略されます。  これは、かなりやっかいな言葉です。

 1,2時間で終わる作業ならともかく、3、4日かかる仕事であれば、どうしても仕事の合間に睡眠を取らざるを得ません。

 バカ正直な嘉郎(かろう)君は、「仕事が終わるまでは寝るな」とか「人間は1週間くらい寝なくても平気だ」という指示を文字通りに受け取り、実行したりします。

 そして、嘉郎君は、こういう無理が積もった結果、病気になったり、早死にすることになります。

 では、嘉郎君は、どうすればよかったのか。睡眠時間を削って、頑張った「フリ」をすればいいのです。通常は9時間睡眠のところを、7、5時間にしたら、大仰に「睡眠時間を削って、仕事を仕上げました。」と言っても、問題ありません。

 第一、「なるべく早く」という指示は、「急ぎの仕事ではない」というのと同義です。 本当の急ぎの仕事であれば、「今日中」とか「18:00まで」といった具合に、具体的な日時が示されるものだからです。

 この辺の無茶な指示は、差し引いて考えないと、それこそ身体がいくつあっても持ちません。

 僕は、時間を見つけて、フィットネスクラブのジャグジーで何時間もお湯につかっています。大量の本や雑誌を持ち込んで、読んでいます。疲労回復や毒出し効果とともに、頭脳面の補強になります。

   かつての王侯貴族並みの贅沢だと、我ながら思います。   そして、僕は、こういった休息を戦略として行っています。  昨日までの疲労を白紙にし、明日への鋭気を養うには、今のところ、これが一番です。

 手を抜ける所で休息を取らないことには、掃除屋、出版人(?)、大学院生、武術・ヨガの修行者などとして、東京で一人暮らしをすることなど、とてもできません。  

山田宏哉記

追記。 オリンピックに出場する選手は、意外とサボり上手です。皮肉なことに、自分に鞭を打って、悲壮感で練習に取り組む人ほど、怪我などで試合で活躍できなくなります。

2006.11.28

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