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  言葉の選択肢 「掃除屋」と「クリーン・スタッフ」

 僕は、掃除屋の仮面をかぶっていますが、曲りなりにも「言葉で商売する」という立場にもあります。そこで、大切になるのが、言葉の選択肢を確保することは、それこそ死活問題になるということです。

 例えば、僕は「掃除屋」という単語を連発しています。  しかしこれは、侮蔑的なニュアンスのある、かなり際どい言葉です。  だから、新聞やTVニュースでは、抗議を受けるので、まず使われません。

 では掃除屋を、例えば「クリーン・スタッフ」と言い換えたらどうでしょう。  意味は同じでも、「クリーン・スタッフ」では、「掃除屋」という表現特有の「社会の底辺にいる湿っぽさ」が排除されてしまいます。

 仮に、僕の掃除屋エッセイ(?)で、「クリーン・スタッフ」などという言葉を使ったら、雰囲気が大幅に損なわれることは間違いありません。下手をしたら、僕が何だかカッコいい仕事をしているように見えてしまいます。

 だから僕は、掃除屋を、決して「クリーン・スタッフ」などという言葉で代用しません。これは、「言葉で商売する」人間としてのプライドです。

 たとえそれで傷つく人がいたとしても、です。  表現の自由を守るというのは、それこそ、命がけの行為なのです。

 掃除屋を「クリーン・スタッフ」などと呼ぶのは、娼婦を「エスティシャン」などと呼ぶのと同じ欺瞞です。

 本来、言葉で商売をする人間なら、決して「意味がだいたい同じなら、言い換えればいい」などと無神経なことを言ってはいけないのです。  

山田宏哉記

追記。 そもそも、将来の夢として「掃除屋」をあげる子供が皆無という現実を直視しましょう。

2006.12.22

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