ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (1109)

 夢の記憶もまた、蓄積される

 昨夜、変性意識(トランス)状態で、幻覚を見ました。 その中で、僕は、ある男に「再会」しました。 現実の世界にいる人物ではありません。

 かつて、夢の中で会ったことがある人物です。薄暗くて、顔はよく見えません。

 この時、衝撃的な事実に気がつきました。

 夢の中の記憶もまた、蓄積されるのです。 そして、夢の中の僕は、そのことを当然だと思っていたのです。

 「いろいろと悩むことがあってね。」 僕は言いました。その男は、色々と助言をしてくれました。

 「ああ、そうか」彼の言葉に、僕は、深く納得しました。  「まぁ、困ったことがあったら相談してくれ」と、彼は思っていました。(幻覚の中だと、自己と他者の区別が曖昧ですから、他者の感情を直接的に知覚できたりします。)

 ただし、具体的な処方箋として、何を言われたかは、意識化のフィルターを通らずに、無意識の彼方へ沈んでいきました。

 ここで目が覚めて、現実に帰ってきました。決定的な事柄を知ってしまった衝撃感は、そのままでした。やはり、あの男に相当する人物は、この世界にはいません。

 僕たちは、この現実世界で歩む人生と同時に、変性意識下の全く個人的な人生をも、生きることができるのです。夢の世界の記憶は、リアルな人生の記憶と同様に、蓄積されていくのです。

 まさに、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』状態です。

 ただし、ここが面白いのですが、「夢の中の記憶」は、実際に夢を見ている最中にしか、取り出すことができないのです。

 そして僕は、このことを、変性意識下では知っていながら、このリアルワールドの知識にまで、引き上げることができないでいたのです。  

山田宏哉記

追記。 「今年はまだ終わらない」と、粘った甲斐がありました。

2006.12.31

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