ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (1111)

 掃除屋以下の存在

   今日、百貨店の屋上で掃除屋稼業をしていたら、日雇い労働者らしき私服の若者をたくさん見かけました。  彼らは、ゴキブリのようにせわしなく動き回ってきました。

 監督者のような人が声を張り上げて、指示を出しています。  どうやら、彼らは「福袋」のための、日雇いの臨時アルバイト要員のようです。

 彼らは、お金のためだけにやっているとはいえ、「こりゃ、掃除屋以下の存在だなぁ」と感じました。人はこうやって卑屈になっていくのです!

 確かに、まともな勤め人であれば、3K(くさい、汚い、気持ち悪い)の掃除屋を嘲笑する資格と権利があります。

 しかし、よくよく考えてみると、社会の底辺である掃除屋以下とも言うべき人たちも結構いるのです。

 まず、親のすねかじりや生活保護対象者。自力で生活費を稼いでいない人間は、床に散乱した嘔吐物を処理する掃除屋をバカにする資格はありません。

 確かに、残飯を漁る浮浪者のように、ゴミ回収をする掃除屋の姿は、家族や知人・友人に見せるべきものではありません。掃除屋の給料の内訳は、大半が「屈辱料」です。

 しかし、それでもなお、「自分の手でお金を稼いでいる」という一点においては、掃除屋は、親のスネをかじっている若者や、生活保護の対象者より、立派な存在です。

 それに、税金を払っていない人たち。ワーキング・プアの掃除屋といえども、税金はキチンと納めています。その点、愚直な掃除屋は、脱税に腐心する連中よりは、立派な存在です。単に掃除屋連中が、税金の知識を持っていないだけだとしても。

 このように「下には下がいる」と考えれば、あなたも掃除屋である恥ずべき自分に、少しはプライドが持てるのではないでしょうか。  

山田宏哉記

追記。 今年の400本目を飾るのにふさわしい、堅実なエッセイになりましたね。

2006.12.31

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