ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (1111)

 刹那の向こう側へ

 秒針が時を刻む。  たった1秒前の世界は、もう存在しない。  たった1秒先の世界は、まだ存在しない。

 あるのは、今という刹那だけだ。

 1年間といえば、まとまった時間があるように見える。  それは、錯覚である。

 あるのは、今という刹那だけだ。

 人は、現在という一瞬の連続体を時間と呼ぶ。  時間というのは、都合のいいフィクションである。

 今年は過ぎ行き、新たな年が来る。  何をそんなに騒ぐのか。

 地球が太陽の周りを一周することに、過剰な意味などいらない。  あるのは、今という刹那だけだ。  その向こう側へ飛び込むだけだ。

 それでも人は、時間というフィクションがなければ、生きていけない。  

 剥ぐがいい。  それが、悲劇にせよ、喜劇にせよ、そろそろ幕を開けようか。  そして、宴が始まる。

 さぁ、もうすぐ夕食だ。刹那の向こう側に、野菜スープが待っている。なんちって。  

山田宏哉記

追記。 さすがに、掃除屋エッセイで2006年を締めるのは、縁起が悪いと感じました。

2006.12.31

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