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 犁蚕兔得瓩肇魯鵐妊を抱えた人々

   世の中には、犧絞稔瓩気譴觴匆饅乎弔、数多くあります。  中でも、人種・国籍・家系・先天的障害などに関しては、本人の努力ではどうにもなりません。

 問題はいざ、自分や身近な人が"差別"される側の社会集団に属することになったら、どうするかということです。

 特にそれが、日常的な嫌がらせを受けるだけではなく、進学・就職・結婚などに際しても、不利益をこうむるものであれば、かなりきついと思います。

 もし、僕がそのような境遇なら、どうするか?  世の中から村八分にされながらも、いかに自身や自尊心や矜持を保っていくか?

 僕は、犁蚕兔得瓩謀劼韻襪隼廚い泙后  具体的な内容は、さして問題ではありません。

 昨日より腕が上がり、着実に上達したという実感ほど、生きる上で支えになるものは、それほどないと思います。ここには、確かな手ごたえがあります。

 逆に、絶対にしないのが、精神科医などへの相談や「反差別運動への参加」です。変に慰められても、それは一時的な現実逃避にしかなりません。

 もちろん、僕でも、一度は「差別反対運動」「権利獲得運動」のようなものに献身したいという誘惑に駆られると思います。

 でも、それはしない。せっかく生まれたのに、「差別されないため」などという消極的な目標に、人生を捧げるなど、阿呆くさくて我慢できません。  

   差別感情は、自分の"すぐ下瓩紡个靴堂蠕犬┐襪里任后  障害者を見下すのは能無しの健常者だし、在日外国人を見下すのは能無しの日本人です。

 低学歴や低身長といった、「差別問題未満」のハンディを抱えた人も同じです。何より大切なことは、まず、自分の腕を磨くことです。人間は生理的に、自分より技能の高い人を見下すことはできないからです。

 ハンディを抱えた人が、自主努力を放棄して、何事も社会や他人のせいにして、権利(利権)獲得運動に熱中するようになるとき、深刻な差別感情が立ち表れるのです。

 本当の危険発言ですが、障害者や病人の団体が都内をデモ行進して、「国は○○を補償せよ」と声高に叫ぶとき、普通の人々の間に、障害者や病人に対する、本物の蔑視が芽生えるのです。

 また、その運動が仮に何らかの補償金を勝ち取ったとしても、本人たちの間には、深い劣等感が沈殿するでしょう。国に対して補償を要求するということは、自分が「血税を吸う社会の厄介者」だということを、自認することに他ならないからです。

 こういうと、「お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」という人がいるでしょう。でも、相手の気持ちがわからないのは、お互い様です。ただ、自分だけが不利益を受けていて、世界で一番の不幸者だと思いたがる、その誤った心性こそが、色々と問題を引き起こすのです。

 おそらくは、障害や重大な病気などのハンディを抱えた人にとっても、黙々と人一倍努力して研鑽を積むことが、自尊心回復への最短距離だと思います。 研鑽を積み、世のため人のために尽くす人を、侮る人は存在しないからです。

  山田宏哉記

P.S. 「君は深刻なハンディを抱えているのだから、人一倍努力して技術を習得して世の中に貢献しないと、この社会で居場所を見つけられないよ」と言ったら非難轟々でしょうが、おそらく"本当のこと瓩任后

2007.10.4
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