(1505)

 無知・無能の自覚

   人間だけが、嘘をつく動物です。言葉というのは、そもそもいかがわしいものです。

 言語は、虚勢を張り、他者を欺き、言い訳や弁解をして責任を逃れたいときに、とても役に立ちます。反対に、本当に大切な人間関係を切り結びたいとき、言葉を駆使した饒舌な人間は、あまり信用されません。

 ところが、"知恵をくれ瓩蓮¬擬覚的に言語に盲従します。他人の些細な言葉尻をとらえて、「あぅあぅあぅ」と吠え立てます。

 逆説的なのだけど、この現代において、気骨ある教養人あるいは知識人として生きようと思ったら、言語領域だけが暴走しないように、並行して、非言語的な教養を磨くことが、ぜひとも必要です。

   "知恵をくれ畄は、他者に対して謙遜するしないを別として、内心、自分自身の頭がいいと思っています。

 "知恵をくれ畄のいう「幅広い教養」とは、所詮、犧続忰瓩箸劼箸くりにできる狭い範囲のものです。

 では、狠侶辰鬚れ畄に尋ねたい。

 宇宙の起源と、宇宙の果てがどうなっているのか教えてほしい。  なぜ、この地球に生命が生まれたのか教えてほしい。

 なぜ、人間の脳は、牋媼鵜瓩鮖つのか教えてほしい。そして、その中のひとつが「私」なのか、教えてほしい。

   僕には、わからない。こんなにシンプルかつ肝心な問いに、答えられない。そして、これからも正確には答えられないと思う。

 僕は、自力で空を飛ぶことも、深海を泳ぐこともできないし、自分がどこから来て、どこへ行くのかすら知らない。僕自身、人間基準では偉そうなことを言っているけど、実際は無知無能もいいところです。

 猗鷂生貪な教養を磨くこと瓩梁腓な効用のひとつは、自分自身が頭がいい人間だと思わなくなることです。

山田宏哉記

P.S. 知的傲慢のガス抜きをするためにも、「無知・無能の自覚」は、とても大切なことだと思います。

2007.10.9
 手紙一覧へ戻る 文筆劇場・トップ