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 研究夜話 狎度派瓩凌祐峇

   かつて田中角栄は、「人間は昔から変わらない。その人間を変えようと思ったら、"制度瓩諒を変えていくことだ」という趣旨のことを言っています。

 ニンジンを目の前に吊るされた馬は、一生懸命走ります。同様に、"飴(あめ)と鞭(むち)瓩箸いΩ斥佞蓮↓狎度派瓩凌祐峇僂鮠歡Г靴討い泙后

 僕はこのような考えに、半分賛成・半分反対の立場です。

 確かに、狎度瓩領呂蓮普通の人が考えている以上に大きいことは事実です。 現代日本で"制度瓩領呂あまり意識されないのは、"制度瓩ゆるいからです。

 例えば、誰かが日本の独裁者になったとして、徴兵制度をしいて、「軽犯罪もすべて死刑」に法律を改正して、従来の義務教育制度と年金制度を廃止すれば、現代日本は全く違う様相を呈することになるでしょう。

 それに伴い、国民(人間)の行動様式も全く違ってくるでしょう。道路に落ちている100円玉をネコババしても死刑ですから、日本人の倫理観は大幅に向上するでしょう。某省庁や某自治体などでは、大量虐殺が実行されるでしょう。

 いつの時代も、自らを律し、人格や能力の向上をはかる人は、多数派にはなりません。  「できることなら、一生寝て過ごしたい」という人の方が多数派です。しかし、それでは世の中が成り立たない。

 教養をひけらかすようで恐縮ですが、こういう問題は、古代中国の時代から、儒家(人倫や道徳を重視する立場)と法家(制度・法律・厳罰を重視する立場。性悪説)の思想対立として、すでに現れています。 

 実際問題として、「一生寝て過ごしたい」人たちに、狹慘呂垢襪海函研鑽を積むことの素晴らしさ瓩鮴發い討發曚箸鵑斌蟻未任后「だって、眠たいんだもん」で、終わりです。

 だから、「一生寝て過ごしたい」人たちにタガをはめて、「強制と恐怖」によって、彼らの行動様式を操作していくものが狎度瓩任后

 誰しも、「いい学校に行かないと、無職や浮浪者になっちゃうよ」とか「一流企業に入社しないと、爐△イ△イ△キ瓩凌誉犬待っている」といった無言の強制や圧力を感じた事があるでしょう。

 僕は、個人として自分の人生を歩む際には、犲己研鑽・人倫・道徳派瓩任后だけど、パブリックな(世の中全体に関わる)問題に対して制度設計をする時は、どうにも狎度派瓠覆△襪い論悪説)に傾きます。

 つまり、「できれば、一生寝て過ごしたい」人が人類の大多数であることを前提にして、彼らになるべく幸福が行き渡るように、狎度瓩鮃佑┐襦「できれば、一生寝て過ごしたい」人に対して狄由文上瓩覆匹蓮△呂覆ら期待しない。

 もちろん、このような人間観が理想的ではあるとは、とても言えません。しかし、「一生寝て過ごしたい」人たちが、ドラッグと犯罪に走る社会よりも、"よりマシ瓩弊い涼罎砲垢襪海箸らいは、可能な気がします。

山田宏哉記

P.S. 現実問題として、未だ修行中の人間が根っからの怠け者に対して、犹岫瓩"向上心瓩鮴發い討癲▲好肇譽浩の胃潰瘍になるのがオチです。

 でも、"不安瓩"恐怖心瓩鮴れば、いとも簡単に彼らを動かすことができてしまいます。実際、親や学校の教育現場にも深く浸透しています。

 僕自身は、"怠け者を読者対象としない瓩海箸如◆嵒坩臓Χ寡歐瓦鮴らない」という文筆上のモラルを守っていますけど。  

2007.10.14
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