文筆劇場・ジョン・スミスへの手紙

  (1510)

 上達者のための犲屬領称忰

   向上心を持った人間が、"上達瓩鯡椹悗垢箸、何が大切になるのか。

 思うに、人間の能力を大きく二つに分けると、犹弭洋廊瓩紡緝修気譴詁睫姪(他人から見えない)な要素と、"実技能力瓩紡緝修気譴覲位姪(他人から見える)な要素に分けることができます。

 結論から言います。

 思考力=知識×思索

 実技能力=理論×場数

 上達者であり続けるためには、このことを心得として胸に刻んでおくべきだろう、と思います。

 「思考力=知識×思索」に関しては、孔子も「学びて思わざるは…」の格言で同様のことを言っています。

 つまり、客観的な知識習得と、「自分で考える」という内省的な思索がかけあわされた時に、喜ばしい成果(?)が生まれるわけです。

 今は時代の風潮として、犁甸囘な知識習得瓩軽んじられているように感じます。

 特に正統的なボキャブラリー(語彙)が貧弱な人が多いことが気になります。何も、「若者(ばかもの)言葉を使うな」ということではありません。

   しかし、いくら犂鏡重視瓩箸い辰討癲↓爐△イ△イ△キ瓩卜爐垢觚生貮集修靴できない人は、さすがにまずいわけです。

 クリアカットに言語を扱うことが、クリアカットな思考を生み出します。  日常会話で、「照射」とか「克己」といった硬い語彙を使う必要はありませんが、それでも、最低限のボキャブラリーは必要です。

 確かに、家族や友人同士のコミュニケーションであれば、爐△イ△イ△キ瓩任眥未犬襪任靴腓Α粉望的観測)。

 しかし、就職面接の場で爐△イ△イ△キ瓩任牢岼磴い覆不採用ですし、講演やTV出演の場であれば、次から依頼が来なくなるでしょう。

 さらに恐ろしいことは、彼の内面でも、音響として爐△イ△イ△キ瓩般弔蟠舛い討い襪世韻世箸いΔ海箸任后これでは、この複雑で高度化した時代をサバイバルするための戦略思考を練り上げることは不可能です。

 次、「実技能力=理論×場数」。これは、語学や武芸を身に着ける際には、特に重要になってきます。

 理論とは、語学で言えば猜庫´瓠I襍櫃埜世┐亅犒伸瓩任后M論が精緻に身についていない状況では、いくら反復練習などをしても、間違った癖をつけるだけで終わってしまいます。

 ただ、逆に理論を身に着けても、場数をこなしていかないことには、実際に使えるようにはなりません。場数とは、大まかに言えば、反復練習と実戦経験のことです。

 時代風潮としては、理論と場数の両方とも、軽んじられています。車が両輪とも欠けています。従って、実技能力は、思考力以上に、危機的な状況にあります。

 さらに大きく言えば、思考力と実技能力も、この二つで車の両輪となっています。

   上達者が、その他大勢から抜け出すために必要なこと。こう整理してみると、割と明確に見えてくるのではないでしょうか。

山田宏哉記

P.S. 自分自身を実験台にすることで、自分では、この両輪の正しさは確認済みです。ただ、何せ僕があれなので、他人に対する説得力には欠けるかもしれません。    

2007.10.14
 手紙一覧へ戻る 文筆劇場・トップ