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  研究夜話 隣の爛肇ゥ襦次Ε咼蝓璽凜 辞

 ひとつの挿話から話を始めたい。

 2004年、約7年ぶりに中学校時代の同級生と再会した時、彼が熱心に話したのは、「宗教」の話だった。より正確に言うと、彼はある急進的な新興教団の狄者瓩箸靴董∋笋魘引に牴宗瓩気察↓狷信瓩気擦茲Δ箸靴討た。

 かつての同級生は、「この教団に入って、いかに幸福になれたか。いかに不安から解放されたか。」ということを爛劵好謄螢奪に甼調した。そして、「この教義を信じなければ、いかなる不幸や災いが降り注ぐか」ということを熱心に説いた。

 この同級生は、もはやかつての彼ではなかった。彼は、自己という存在を放棄し、その教団を構成する一員として、E・ホッファーのいう爛肇ゥ襦次Ε咼蝓璽凜 辞瓩箸靴董⊃靴燭淵▲ぅ妊鵐謄ティを獲得し、生まれ変わっていたのであった。

 中学時代の彼は、どちらかというと成績優秀で、周囲の人気者だった。将来、新興教団に入信し、不合理な教義を熱狂的に信奉するようになるとは、想像もつかなかった。

 「だからこそ」と思う。これは誰にでも起きえることなのだと。爛肇ゥ襦次Ε咼蝓璽凜 辞瓩燭舛浪罅垢里垢偉戮砲い襪里世函

 かつての同級生はなぜ、狂信的な宗教団体に入信し、その狄誓擦並腟銑瓩某誉犬鯤げることになったのか。そして、これからどのような行動様式をとっているのか。

 「現代社会は、それぞれに信仰内容が違うtrue believerたちが、同時並列的にあっちにもこっちにもいて相克状態にある」(「日本経済新聞」2002年9月22日付)とは立花隆の言である。

 これを理解することは、目下、蔓延するファナティクスに対する手段として、必須のリテラシー(基礎教養)といえる。

山田宏哉記

P.S.  研究発表で使う予定のこのエピソードですが、3年前の 「ジョン・スミスへの手紙」(150)でも書いています。読み返してみると、同級生のことより自分の文章表現の稚拙さにショックを受けます。あぅあぅあぅ。 

2007.10.15
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