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  鬼才への爛札僖譟璽版Ъ鵜瓠複押

 他人が携帯音楽プレイヤーで何を聴いているかは、実際に尋ねてみないと、うかがい知ることができません。

 しかし、大半の人は、左右の耳から同じコンテンツを聴いていると思います。

 よく考えてみると、イヤホンやヘッドフォンで左右のチャンネルから音楽や音声を聴くというのは、昔の人は体験しなかったであろう、奇妙な体感です。

 つまり、頭部の空間内(?)で、音が立体的に合成されるような感覚があります。自然界には存在しない、機械を利用することで初めて可能になる音の質感です。

 では、耳を左右のチャンネルに分割して、音楽と講演をそれぞれ同時に聴くというスタイルはどうでしょうか。

 重要なことは、このスタイルは、例えば2台のラジオを用意して、音楽と講演を同時に再生するのとは、全く違うということです。これだと、猯昭瓩猫牴山擇塙岷薛瓩鯆阿わけですから、耳(聴覚)が分割されていないわけです。

 左耳が音楽を聴いているとき、左耳は講演を聴いていない。  右耳が講演を聴いているとき、右耳は音楽を聴いていない。  実は、この狡阿い討い覆き瓩箸いι分こそがポイントなのです。

 爛札僖譟璽版Ъ鵜瓩如▲ぅ筌曠鵑鮖箸Π嫐は、自然空間で音を再生すると猜匱だけに聞かせる瓩海箸技術的に困難になるからです。あるいは、自然空間で複数の音源を再生すると、波長の関係などで、音が互いに干渉を起こすからです。

 ですので、爛札僖譟璽版Ъ鵜瓩任蓮通常のイヤホンやヘッドフォンで構成される音の世界より、さらに一歩進んだ人為的・人工的な音の空間が出現します。

 早くも僕は、左右でチャンネルを分けて、ポッドキャストなどで情報入力するのが標準になっています。

 この人工音響空間の向こうに、これまで誰も到達し得なかった境地があるのではないかと思います。

山田宏哉記

P.S. 自画自賛で恐縮だけど、このセパレート認識は、これまでの各種勉強法から、頭2つ分くらい抜け出していると思います。

2007.10.29
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