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  狠侶辰鬚れ瓩繁佑聾世

 昨日から今日にかけて、某雑誌の記事や身内向けの文章を書いていました。また、その打ち合わせ等でこみいっていました。

 やはり、公共の場に出す文章を書くときは、自分のウェブサイトとは異なり、爐△イ△イ△キ瓩覆匹箸い辰心餡な語彙の数々を使うわけにはいきません。「僕」とか「私」といった一人称すら使わないのは、情報伝達文を書く上でのモラルです。

 さて、そんな前置きを無視した自分語りですが、僕は自分自身が狠侶辰鬚れ(give me wisdom)の状態にあると思っています。

 どうにも技術上の物覚えが悪いのです。  芸事をする上で死活的な、模写能力、立体的な認識能力、運動線の理解がおぼつきません。

 例えば、犲雖瓩鮗娘妥にデッサンするとして、実物の手を見ないで、記憶を引き出すことでどこまでリアルに犲雖瓩鯢舛韻襪。

 あるいは、一度聴いただけの音楽、一度観ただけの踊り、一度観ただけの絵画をどれだけ忠実に再現できるか。

 恥ずかしながら、僕はこういうことがほとんどできない。「記憶に焼きつけて決して忘れない」ということが、どうにも苦手なのです。自分では集中しているつもりでも、結果的には痴呆同然です。

 言語的な知識ならいくらでも覚えられるけれども、空間的に複雑な運動線(例えばフィギュアスケートの演技)などは、一度見ただけでは、ほとんど覚えられない。

 医学的に言うと、ミラー・ニューロン(他人の真似をする神経細胞)が欠損しているのではないかと思います。これはまさに、狠侶辰鬚れ瓩修里發里任后

 失望してほしい。僕は色々と偉そうなことを言ってますけれども、所詮は、狠侶辰鬚れ瓩竜左世任后J源と言葉と知識を相手にするしか能がない文弱の徒なのです!

山田宏哉記

P.S. 「そんなことないよ」と否定してもらいがたいがための発言ではないと、釘を刺しておきます。念のため。

2007.11.5
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