ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1842)

 残業代に魂を売るのか

   会社の業務(あえて犹纏瓩箸禄颪ない。仕事なら休日を含めて1日中やっている)を終えた後に文章を書くと、どうしても心理状態が反映されたものになってしまいます。

   テーマも「働くということ」にまつわる諸問題が多くなります。今回は「残業代に魂を売るのか」という主題で書きますが、そのままです。

   さて、僕が3時間残業をすると、日雇い派遣の日給と同じくらいになります。残業代は25%以上の割り増し賃金を払う必要があるので、きちんと労働基準法を守っている企業であれば、これくらいは出すでしょう。

   しかしその分、残業代目当てに会社にダラダラ残るというインセンティブがはたらき易くなります。特に20代前半の社会人にとっては、時給\2,000ともなれば、喜び勇んで残業に走る人も少なくないと思います。

   だからこそ、強調しておきたい。そんな端金(はしたがね)に構うな。若い時分に、勉強もせず、文化も享受せず、おいしいものも食べず、抱きたい女(男)も抱かず、お金を稼いで何が楽しいのか。生きてる意味ないじゃん(ごめん、言い過ぎた)。

   下っ端の新人は、つきあい残業とか、なれあい残業とか、自分の裁量ではどうにもならない理由で、残業せざるを得ないことが多々あります。そして、残業代さえつけば、必ずしも嫌じゃないという誘惑は、常について回ります。

   これをサラリーマン根性と言わずして、何と言うのでしょうか。残業代に魂を売った大人の説教など、まともに聴く必要はありません。

   ともあれ、下っ端の頃は、夕方に「今日中」の面倒な用件を頼まれることなど、しょっちゅうでしょう。

   でも、残業代のために会社に居残っているわけじゃないという矜持だけは、持ち続けるべきだと思います。

   恨むなら、組織に宮仕えしなければ、生計を立てられない自らの無能さを恨むべきでしょう。

   悪いが、君には才能がなかったのだ。今更、世界の厳しさに気づいたのか。ならば嗤(わら)え、手遅れになった人生を。      

 追記. 妥協して社会人になったみなさん。さぁ、喀血の日々が待ってるぞ。

山田宏哉記

 2008.10.8
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