ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1849)

 横浜は小市民の街である

   横浜市で暮らし始めて2週間強が経ちました。

   神奈川県民以外は、「横浜」と聞くと、山下公園の麻薬中毒者や中華街の毒餃子、あるいはランドマークタワーから投身自殺をする若者たちをイメージするかもしれません。

   しかし、実際の横浜は、そうした観光客(?)向けの虚像とは一線を画していると感じます。むしろ、犂彑鼎塀斬雎広瓩箸いΔ里、僕の印象です。

   ともあれ、横浜は広いので、色々な顔を持っています。

   さて、ここからが話の核心ですが、僕はあまり長期間、横浜に住みたいとは思いません。どこか居心地が悪いのです。

   東京と比べて、時間がダラダラと流れているように感じます。大らかと言うこともできますが、個人的にはあまり肌に合いません。

   このいわく言いがたい雰囲気をどう表現すればいいのか、考えあぐねてきました。そして、その謎がついに解けました。

   つまり、横浜は小市民の街なのです。何事も「そこそこ」であることを美徳とし、ストイックにも享楽的にもなりきれない。『スカイクロラ』の地上の世界のように、終わりのない日常がだらしなく伸びている。

   活気に満ちた新宿や高田馬場とは大違いです。

   横浜市民は、常に「あなたも小市民になれる! 平凡って素晴らしい。あぅあぅあぅ」という視線を投げかけてきます。まさに倏兪足瓠覆呂い宗砲平諭垢任后

   ですので、横浜で暮らしていると、どんどんハングリー精神が失われ、志が胡散霧消していくように感じます。悪い意味で現状に満足してしまう。

   横浜から撤収し、東京で一人暮らしを再開する日が今から待ちどおしいです。

 追記.毎度のことながら、独断と偏見に満ちた横浜論でした。 

山田宏哉記

 2008.10.16
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