ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1850)

 深夜のファミレスで教養を

   近頃の僕にとっての至福のときは、会社の業務を終えて、文筆劇場向けの原稿を書いた後、深夜のファミレスで放送大学の講義を聴くことです。

 毎日、1コマ45分の授業を平均で4本聴きます。1.5倍速で再生しているので、3時間分の講義を2時間で聴いていることになります。下手な学生よりも勉強しているかもしれません。

 「今日、やるべきことはやった」という状態でこそ、良質の教養は身につくように思います。「まだ、あれをやっていない」とか考えていては、学習効率も落ちてしまいます。

 1日の中で、僕にとって本質的にやるべきことは、会社の業務と文筆劇場関連の作業だけです。他のことは、翌日に延ばしたり、色々と調節ができます。

 この2つを終わらせれば、後は、生きていく上で必要になったり、有利になったりする知識と情報を強引にでも詰めこむだけです。

 立花隆さんは、社会人になってバカになっていく自分に我慢ならなくなって、「本を読みたい」という理由で文藝春秋を退社しています。今になって、その気持ちが痛いほどわかります。

 社会人になってからというもの、僕は随分とバカになりました。仕事の能力は上がったけれども、反面、勉強時間が足りません。デジタル機器を駆使してはいるけれども、大学院時代ほどには勉強できていません。

 日本の企業社会には、猗臣寮主義瓩蔓延しています。何度でも強調しますが、日本のサラリーマンは、驚くほど勉強していません。

 「日経新聞」の話題もまともに通じない人が少なくありません。日経よりも、スポーツ新聞を読んでいた方が、話題に困らずに済むくらいです。

 専門知識がある人より、飲み会の席で裸踊りをする人の方が「コミュニケーション能力がある」とかいう理由で、査定で高評価を得たりします。

 文系の大学院生の就職先がないことがよく話題になりますが、仮に民間企業に就職できたとしても、塗炭の苦しみを味わうことになると思います。不本意にも就職せざるを得ない頭のいい学生は、予め覚悟しておいた方がいい。

 企業は、TOIECのハイスコアやMBA(経営学修士)を持った学生を優遇するというのは建前で、実際は泥の中を這いずりまわるソルジャー(兵士)を求めているのです。知識や知恵など、邪魔にしかなりません。

 そんな殺伐とした実社会で乾いた心に、放送大学の講義は染み渡ります。消えかけた向学心に再び火が灯ります。あぁ、もっと研鑽を積まなくては。

 追記. ちなみに、部屋から歩いて3分の距離にガストとグラッチェ・ガーデンズがあります。

山田宏哉記

 2008.10.16
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