ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1856)

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 映画『スカイクロラ』の独白と結末が、ずっと気になっています。

 <いつも通る道でも 違うところを踏んで歩くことができる  いつも通る道だからって 景色は同じじゃない

 それだけではいけないのか それだけだからいけないのか>

 この直後に、主人公のユーイチ(戦闘機乗り)は、敵のエースパイロット爛謄ーチャー瓩飽豕蛎任舛鯆みます。

 そして、主人公の決意と生命は、圧倒的な実力差の前に、一矢報いることなく無残に打ち砕かれて散ります。まさに衝撃的なクライマックスです。このリアリティには戦慄を覚えます。

 いつも通る道も、時間の移ろいとともに、姿を変えていく。そんな些細な変化を感じることができれば、同じような毎日の中に彩を見つけられる。

 それだけではダメなのか。それだけだからダメなのか。本気で問われると、涙が出そうになります。

 日々の小さな喜びや発見を愛すること。確かにそれは、生きる意味を構成する大切な欠片だと思います。

 でも、それだけではダメなんだよ。これが僕の答えです。それだけでは、与えられた境遇を切り開くことができない。

 押井監督も本に書かれていましたが、『スカイクロラ』の爛謄ーチャー瓩蓮◆嵎僂┐蕕譴覆け震拭廚鮠歡Г垢訖析壇な存在です。生きる意味に目覚めた主人公のユーイチですらも、「もしかしたら…」という期待をよそに、爛謄ーチャー瓩砲六が立たなかった。

 奇跡は起こらない。運命は変えられない。やはり僕たちは、一矢報いるためにも、このリアリティを噛みしめて生きるべきだと思う。世界は、叶わなかった夢や開かなかった才能の敗残処理に溢れています。

 そんな当たり前の話、何を今更。 

 追記. 僕の中で『スカイクロラ』は、宮崎駿の『ラピュタ』『ナウシカ』『もののけ姫』以上の作品です。 

山田宏哉記

 2008.10.20
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