ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1858)

 大学受験は数学選択で

 現代社会で要求される学習能力を考えるとき、ふと思い出すものがあります。それは大学受験での数学選択です。

 僕たちの受験時代、文系の大学入試は、地歴公民か数学を選ぶことになっていました。

 地歴の難易度や競争率に比べて、数学選択は非常に有利です。基本的な問題が解ければ、合格ラインに達するからです。

 にもかかわらず、文系で数学選択をする人はあまりいませんでした。端的にいえば、「数学が理解できないから」です。つまりは、知能指数が低いということです。

 そういう人は、歴史の年号と用語をひたすら暗記して、早稲田などを受けていました。僕も現役時代は数学選択でしたが理解力不足で挫折して、選択科目を世界史に切り替えました。それで、首尾よく合格しました。

 今、企業が求めているのは、文系ならば、明らかに大学受験で数学選択をしてきた層です。地歴公民は、努力すればバカでも高得点が取れるので、頭の悪い人間を排除するフィルターの役割を果たしていません。

 ちなみに東大入試は、文系でも数学と地歴の両方が必須ですが、これは優秀な学生を選抜する上で、非常に効果的だと思います。

 数学で天性の頭のよさを試し、地歴公民で犇佇戮記瓩鮖遒靴討い襪里任后3里に、この両方を兼ね備えた人には、なかなかお目にかかれません。

 旧来は、「アリストテレスは、プラトンの仮説的イデア論を超越的なものだと解釈した」といった言辞を振り回す人が、狷がいい瓩噺做されていました。しかし、そんな蓄積が効く知識や教養がモノを言う時代はもう終わったのです。

 これからは、広義の数学ができる人こそが、知能指数が高く、優秀だという共通認識が広がっていくと思います。数学受験を避けた私大文系の人間は、自分の知能指数が劣っていると危機感を持つべきでしょう。

 「数学なんて実生活では役に立たない」と言うのは、自ら知的能力に欠ける低収入の単純労働者であることを白状するようなものなのです。そして、この社会の変化から振り落とされる人が続出することになるでしょう。   

 追記. 早稲田の政経や慶應の経済は、東大理系の併願者などが数学選択でよく受けていました。。 

山田宏哉記

 2008.10.23
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