ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1882)

 君は生徒会長に立候補したか?  

 日本では、優秀な学生は経営が安定した大企業に就職するという傾向が続いています。この傾向は強まることこそあれ、まだ当分、弱まることはないでしょう。

 ですので、優良企業と呼ばれるような会社の社員は、相当な競争率を勝ち抜いて入社してきたであろうということが容易に想像がつきます。

 さて、思い出すと学校時代、勉強ができ、スポーツ万能で、学校行事ではクラスメイトを盛り上げ、生徒会や学級委員を進んでやるような生徒がいました。もちろん、受験では一流高校、一流大学に合格です。

 「生きたまま金魚を飲み込んで吐き出せます!」みたいな牋豬櫚瓩了代は終わりました。

 思うに今、優良企業が幹部候補の正社員として求める人物像は、こういう学生です。いわばすべての面で他者より抜きん出ている人物です。

 そして、少数の基幹的な人材以外は、非正規雇用に置き換わっていく傾向はますます強まるでしょう。

 優良企業の若い幹部候補の正社員の方が、その辺のニートやフリーターよりも、能力的にあらゆる面で優れています。仕事や勉強や運動はもちろん、対人能力から論理的思考力にいたるまでそうです。

 残酷なことに、この能力差はおそらく努力で解消することはできません。差が開くスピードを抑えることはできても、逆転は不可能です。

 あなたは学校時代、生徒会に立候補して当選しましたか? あるいは、部活で全国大会でよい成績を残しましたか? どちらとも無縁の生活を送りながら、三流大学にしか合格できないとは、まさにバカだね。

 冗談きついけれども、優良企業の社員に求められる水準というのは、これくらいはあります。ハードルがどんどん高くなってきています。

 (もっとも、掃除屋であれば採用面接で「先生に叱られてよくトイレ掃除をやらされていました」と答えれば、即採用です!)

 学校時代、多くの人は、生徒会長や学級委員に立候補した生徒に対して、「自分とは違う種類の人間だな」と感じたと思います。僕もそうでした。そして、この直感は正しい。

 実はこの時点で、すでに逆転不可能なほどに差が開いていたのです。

 しかも、生徒会長をするような人はその後も自己研鑽を怠らない一方、僕たちは寝ぼけたまま大人になってしまいました(「僕たち」ではなく「君たちは」って書いたらさすがにヒンシュクものですね)。差は絶望的なまでに開いています。

 優秀な人間の条件は、遺伝子と教育のどちらも一般人から抜きん出ていることです。どちらかが欠けてもエリート失格です。  

 現代社会で活躍できるのは、優れた遺伝子を持ち、良質の教育を受けた人物です。身も蓋もないけれど、これが現実ではないのかな。

   追記. 能力面でトップ1%に入らなければ、これからの日本社会はますます住みにくくなると僕は思います。 

山田宏哉記

 2008.11.13
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