ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1889)

 残酷人間論 無理解が恐怖へ転化するとき

 人間は自分が理解できない人に対して、恐怖心を抱きます。特に弱い人間ほど、このことが当てはまります。この点を掘り下げてみましょう。  

 ではいざ、理解できない人に遭遇したとき、人はどうするか。反応は大きく分けて3通りあります。無視する、排除する、自分が理解できるように矮小化する。

 差別される人は、表面的にはバカにされているように見えますが、実は周囲から不気味に思われ、怖がられているのです。これは非常に重要なことです。

 あまり例が適切ではないかも知れませんが、例えばユダヤ人というのは、理解されない民族の典型です。血統なのか、信仰なのか、何を持ってユダヤ人と呼ばれるのかも、よくわかりません。

 その割に学界や金融界では絶大な権力を握っています。

 ある種の人々にとって、爛罐瀬篆佑砲茲訐こ支配の陰謀瓩箸いΔ海箸強烈なリアリティを持つのは、基本的にはユダヤ人の思想や行動様式が理解できないからでしょう。

 あるいは、少なからぬ人は、ホームレスや在日外国人や障害者や同和関係者やヤクザを、バカにしているのではなく、「怖い」と思っているはずです。違う?

 特にチンピラ系の若者にとっては、ホームレスは猝斉の我が身瓩任△蝓∪Г非でも抹殺したい存在です。こうして血沸き肉踊る惨劇が繰り広げられるのです。

 また、ヤクザとホームレスと在日外国人が道端で怒鳴りあっているとき、小さい子供を連れた母親は、「見ちゃいけません」と言って足早に通り過ぎるでしょう。厳密にはこれは「差別」ですが、親としては当然の行動です。

 だから、無視する、排除する、自分が理解できるように矮小化する。これは極端としても、誰しも程度の差はあれ、同じようなことを行っています。

 個人レベルで言えば、悪口って褒め言葉よりたくさんあるでしょう。悪口は僕たちが理解できないものを矮小化するための重要なツールです。

 よくわからない人に対して、「あいつは空気を読めない痛い奴だ。しかもデブでハゲだし、まさに劣等遺伝子を持った精神病患者!」とかレッテルを貼って仲間たちと一緒に嘲笑すれば、とりあえずは安心できます。

 その多数派にとっての安心欲しさに、今日も誰かが生贄にされるのです。見ろ、これが現実だ! 悲鳴も出ちゃうぞ、わんわん。

 追記.以上、平凡なサラリーマン(趣味は読書)のぼやきでした。残酷人間論の新展開に、乞うご期待。

山田宏哉記

 2008.11.18
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