ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1891)

 第三のプロメテウスの火

   ギリシア神話の中で、プロメテウスは人間に「火」を伝えたことにより、神から拷問を受けます。それくらい、火の存在は、人間と他の動物を区別する上で、決定的に重要なツールのひとつです。

 火を扱うことができる動物は、人間しか存在しません。そして、火の利用こそが、大量破壊、大量殺戮へとつながることにもなりました。原子力が「第二のプロメテウスの火」に喩えられることがあるのも、この辺りの事情を踏まえた上でのことでしょう。

 そして今、「第三のプロメテウスの火」としての情報技術に触れないわけにはいきません。90年代後半から爆発的に顕在化した情報技術は、人間社会のあり方を根本的に変えました。

 ITというと、普通の人は「これまで書店で買っていた本がアマゾンで注文できるようになった」というようなことを思い浮かべます。だから、「あったら便利だけど、なくても困らない」などと呑気な認識に留まっています。

 情報技術と特に相性がいいのは、金融の世界です。例えば、もしかしたら銀行の基幹システムが誤作動を起こして、みなさんの銀行口座の預金が、一瞬にして消し飛んでしまうかもしれません。

 あるいは、A銀行の口座から、B銀行の口座に30万円送金するとしましょう。そのとき、本当にA銀行の口座から30万円引かれて、B銀行の口座に30万円、つけ加えられているのかね。

 どこかの官庁のように犁入漏れ瓩箸も、ないとは言い切れないのではないでしょうか。

 何しろ現金は移動はなく、情報のやりとりだけで処理されているのです。一桁間違っただけでも大変なことになります。しかも一般の利用者には確かめようがない。

 普通の人は、「そんなことはありえない」と考えたことすらないでしょう。 むしろ知らない方がいい。ただ、そこまでコンピュータに信を置けるのかというのは、なかなか難しい問題です。

 ともかく、これくらい情報技術は、社会の基盤部分や国民生活の核心部分に浸透しています。「ないと不便」では到底済みません。

 1万円札に価値があるというのは社会的な幻想ですが、預金通帳の数字に価値があるというのは、さらなる幻想ではないのかな。

 追記. 以上のような点を考慮すると、目下の金融危機の見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。

山田宏哉記

 2008.11.19
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