ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1892)

 愛国心という暇ネタ

   新聞記者の腕前は、牴縫優伸瓩之茲泙襪箸い錣譴泙后F奪瀬佑鮗茲譴覆ったときに、乏しい素材で読むに絶える記事を書けるか。ここが勝負の分かれ目というわけです。

 そこで愛国心について語ります。「愛国心」というのは、胡散臭くて不自然な言葉です。僕の嫌いな言葉のひとつです。

 まず、「国を愛する」というときの「国」って何なのでしょう。おそらくは、観念的に「日本的なものの総体」をイメージしているのだと思います。大雑把に言えば、領土とか国民とか伝統文化のことでしょう。

 僕は、日本語に対しては、相当な愛着を持っています。財産も通貨としての「円」で所有しています。

 ただ、その辺の一般人に対して同胞意識を感じるかといったら、ほとんど感じません。政治家や官僚を爐上瓩箸靴涜嵯豹修珪紊欧襪弔發蠅發△蠅泙擦鵝

 面倒なので、結論を先走ります。日本人に愛国心はさして必要ありません。国民国家という概念は、国境線を争った歴史を持つ近代西洋、さらに言えばフランス革命後に生まれました。

 欧米の国家は、主として戦争によって人工的に作られたという経緯があって、だからこそその成員は、生き延びるために自分が特定の国民国家の一員であると意識をせざるをえない。

 現在でも現実問題、愛国心は、戦争と密接な関係があります。愛国心ある国民で溢れるアメリカを御覧なさい。10年に1度は大規模な戦争をやっています。

 その点、日本列島では歴史的に諸外国と国境線を巡って争われたことがありません。ですので、相対的に国民が国家意識を持たなくても生活ができます。これは極めて恵まれたことなのです。

 何より、日本で愛国者であることを公言する人たちって、チンピラとかヤクザばかりじゃないか。何故、所得隠しをして税金逃れをしているような人たちに、愛国心の説教をされなきゃならんのか。

 追記. 今日は22時30分まで会社の業務をやっていました。詳しくは書きませんが、知的体力を使い果たして、頭がパンクしそうです。なので暇ネタで許してね。

山田宏哉記

 2008.11.19
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