ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1899)

 戦慄の実践政治学講義  

 日本人は、政治を知りません。これは致命的なことです。

 「首相や国会や政党がどうしたこうした」ということを政治だと勘違いしています。そんな話は、床屋談義にしかならないので、別に知らなくても構いません。

 私たちが政治について押さえておくべき知恵は、大きくは2つしかありません。「ディバイド・アンド・ルール(分割して統治せよ)」と「敵の敵は味方」ということです。応用例として、「功には禄を、能には地位を」という人事登用の知恵も挙げられます。

 ディバイド・アンド・ルール(分割して統治せよ)という思想は、まさに近代西洋の傑作です。権力にとっての脅威は、数で勝る被支配民に団結して反抗されることです。

 だから、支配される側が仲違いするように楔(くさび)を打つのです。

 身近な例を挙げましょう。無能な教師は、生徒全員を敵に回して、学級崩壊に陥ります。逆に、優秀な教師は、優秀な生徒を贔屓する反面、落ちこぼれを冷遇することによって、生徒の間に諍(いさか)いや対立や競争心を芽生えさせます。

 そうすることで、教師は自らの権威を保つことができるのです。さらに、決定的なことを言いましょう。教師にとっては立場的に、生徒の間で「イジメ」があった方が望ましいのです。

 生徒が担任の教師にイジメの相談をするのは、自殺行為です。確かに、教師は「いじめっこ」たちを叱りつけるでしょう。しかしその後、いじめられた生徒は「先生にチクりやがって…」と更なる袋叩きにあうことは目に見えています。

 実は、先生個人の人格とは関係なく、政治構造として教師はそれを望んでいるのです。

 大きな話では戦後、日本と中国と韓国の仲が悪かったのは、アメリカの極東アジア戦略の一環です。この3国の間に団結が生まれないからこそ、アメリカはいずれの国に対しても、大きな影響力を行使することができるのです。

 ディバイド・アンド・ルールが自分よりも格下の相手を踏み潰すための戦略だとするなら、「敵の敵は味方」というのは自分と同等か格上の相手と戦うための戦略です。

 「敵の敵は味方」は読んで字の如くで、「人は、共通の憎しみを抱くことによってこそ本気で団結する」という人間の習性を利用したものです。教師と生徒の関係で言えば、生徒同士は先生の悪口を言えば、すぐに仲良くなれるでしょう。

 むろん、教師と生徒は、「上司と部下」でも「先輩と後輩」でも「国家と国民」でも構いません。支配・被支配の関係があるところでは、必ず生じる問題です。

 つまりは、敵に処するときは、相手が格下であれば「ディバイド・アンド・ルール」、格上であれば「敵の敵は味方」という戦略が有効だということです。そしてすでに至る所で実践されています。

 これが政治というものです。以上、戦慄の実践政治学講義でした。

 追記. 何はともあれ、「今度の選挙で何党に投票するか?」などと悩むことが政治的見識だと考えているのは、相当なボンクラだということはご理解いただけたでしょうか。

山田宏哉記

 2008.11.25
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