ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1904)

 内定を取り消された学生たちへ

 「内定取り消し」の報道が相次いでいます。頼まれてもいないのに犒亳骸圻瓩箸靴鴇々、助言しておきましょう。

 「内定を取り消された!」とわめき散らせば、少なからぬ人は同情してくれるでしょう。だからといって、就職の世話をしてもらえるわけではないし、ましてお金を払ってもらえることはありえません。

 「それは気の毒に(=人生終わったね、可哀想に。落ちぶれても犯罪者にだけはなるんじゃないよ)」で終わりです。

 君たちに言っておきたい。内定は取り消された方が100%悪い。誤植ではありません。騙された君たちが悪いのです。

 なぜ、内定を取り消すような企業を志望したのか? 見る目がなかったか、能力がなかったかのいずれかでしょう。そんな企業にしか内定できなかった自らの無能をまず恥じるべきです。

 厳しくいえば、君は自分ひとりで経済的自立を勝ち取る能力がないために、就職活動をしているわけです。優秀な人間はそもそも就職活動をする必要がありません。その時点で君はすでに敗者です。その現実を直視すべきでしょう。

 さて、11月以降にも引き続き就職活動の募集をかけている企業は、「理由あり」であることが多いことは確かです。

 君たちも薄々、「もう、零細不良ブラック企業しか残っていない」と感じていることでしょう。「そんなことはない」という言葉を期待しているかもしれませんが、君たちの直感は正しい。

 もはや、新卒で優良企業に就職するのは絶望的です。年齢的に問題がないなら、大学は留年するべきでしょう。年齢的に問題があって、どうしても来年春から社会人になりたいなら、今は一刻も早く就職活動を再開して、少しでもマシな企業の門を叩くことが最優先です。  

 実社会は厳しいのです。どうせ君たちも、陰では「企業を見る目がなかったばかりに、ああなっちゃたのよ。いい気味ね」と後ろ指を差されて反面教師にされているのです。

 とはいえ、月並みな言い方ですが、内定取り消しは、自殺や犯罪に走るほどのことではありません。実社会での弱肉強食の闘争の一端を垣間見ることができたということで、貴重な経験になったのではないでしょうか。

 追記. 以上、元気は出ましたかな。さすが、経験者は言うことが違いますね。

山田宏哉記

 2008.11.28
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ