ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1906)

 PC二刀流の知的生産術

 就職活動中、あるIT企業の見学をした際、印象的だったことがあります。SEやプログラマーとされる職種の人たちがPCを同時に2台使っていたことです。

 以来、PCを同時に2台使うことが、この情報社会を生き抜くための強力な武器になるのではないかという幻想があります。

 僕は今、エイサーのデスクトップとネットブックの2台のPCをメインに使っています。ただし、目下のところ棲み分けができていて2台同時に使うことはあまりありません。

 つまり、部屋にいるときはデスクトップを使い、外出中や移動中はノートPCを使うという至って平凡な使い方です。

 実際、現在の僕の生活においては、PCを同時に2台使う必要性をあまり感じません。  だからこそ「やばい」という感覚もあります。SEやプログラマーでなくとも、PCを同時に2台以上使っている人は存在します。

 技術先行型の考え方ですが、これは僕がコンピュータが持つ潜在能力のはるか手前の機能しか使いこなしていないということを意味します。これはこれでいいのかもしれません。

 ただし、PCを2台同時に使うことによる相乗効果ってどんなものなのだろうと思います。単純な話、OSが異なれば、二台同時に使う価値があるかもしれません。

 あるいは、1台のPCは自動操縦状態にしておいて予約録音や予約録画に専念させるというのも手かもしれません。あるいは作曲や音声編集などはCPUへの負荷が大きいので2台同時に使った方がいいかもしれません。

 1台のPCでDVDを観ながら、もう一方のPCで原稿執筆をするとかは、確かに2台同時に使っているけれども僕の考えるPC二刀流とはちょっと違います。

 明らかに本末転倒ですが、僕も「PCを2台同時に使いこなしている自分」に酔いたいのです。何か使い道はないかなぁ。

 追記. この文章は横須賀線のグリーン車の中で書きました。標準レベルのPCユーザーには達しているかな。

山田宏哉記

 2008.11.30
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