ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1911)

 ある吹奏楽のコンサートにて思う

 ある企業(名前を出さないのには理由がある)が主催する吹奏楽のコンサートに行ってきました。団員の方がイキイキと演奏する姿が印象的でした。

 パーカッションから金管楽器、木管楽器からコントラバスに至るまでのパートが揃っていて、本格的な演奏を楽しむことができました。

 社会人をやりながら楽器の演奏を続けるということはなかなかに大変なことだと思います。同時に、「忙しい」というのど元まで出かかった言葉をグッと飲み込んで、研鑽を積む姿は美しいと僕は思います。

 僕が指摘するまでもなく、楽器の練習には気の遠くなるような時間が必要です。しかも吹奏楽は団体競技です。みんなでリズムや音程を合わせていくには、さらなる時間が必要です。

 一方で大人には「カネにならないことはしたくない」という堕落への誘惑が常についてまわります。言い訳は数あれども。

 僕は、高校時代、吹奏楽部に所属していました。パートはコントラバスです。管楽器に比べると弦楽器は音が小さいので、音がほとんど聞こえませんでした。でも、楽しかった記憶があります。

 根っからの個人主義者を自認する僕ではあるけれども、吹奏楽の団員たちのことをちょっとだけうらやましくも感じました。「一体感の魅力」とか力説するのはさすがに老化現象だという自覚があるので控えますが、確かにそういうものはあると思う。

 特に、普段、会社の業務を一緒にするもの同士で、楽器の演奏もするというのは(公私混同も甚だしいけれども)代えようのない魅力があるということは何となく想像がつきました。

 果たして僕には、仕事以外に、彼らのように心の底から全身全霊で打ち込めることがあるだろうか。そう自分に問いかけることで敬意を表したいと思いました。

 追記. ATOK2008で文章入力スピードがアップしていますが、今度は書き散らすことによる質の低下が心配になってきました。

山田宏哉記

 2008.12.3
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