ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1932)

 お世辞を言うのは不誠実か?

 かつて「お世辞を言って、ゴマをすって、初めて出世できる。だから出世したサラリーマンは、ろくでもない人間だ」というイメージがありました。

 今思うと、これは器量の狭い小市民的な考え方だったと思います。まだ、自分の能力に自信がなかったので、素直に他人の能力を評価することができなかったのです。

 例えば、ある人にAという長所とBという短所があったとします。

 そのとき、Aという長所を誉め、Bという短所にあえて沈黙するのは、果たして不誠実な態度でしょうか。そうではないでしょう。

 ところが、素直に他人を評価することができない小市民からすると、この行為は「お世辞を言っている」ように見えます。

 小市民は、Aという長所を無視し、Bという短所を殊更に強調することを、「本当のことを言う」のだと勘違いします。自分が他人の長所を見逃していることに無自覚なのです。

 対して、Aという長所を誉め、Bという短所をあえて指摘しない幹部候補生は、決してBという短所を見逃しているわけではありません。ただ、口にしたところで効果が薄いと判断しただけのことです。

 こうしてみると小市民より、幹部候補生の方が、認識が深く、人間としても上等であることがわかります。

 「(嘘をつかずに)他人を誉めることができる」というのは、明らかに貴重な能力のひとつです。他人を正当に評価するためには、自身の能力が優れていて、自分に自信を持っていることが必要です。

 反面、ニートやフリーターやホームレスは、余裕がないので、なかなか他人を誉めることができません。口をついて出る言葉は「政治が悪い。社会が悪い。俺の周りはバカばかりだ。世の中を呪ってやる」です。

 そんな人間とは誰もまともに付き合いたくないので、彼らはますます冷遇され、貧困にあえぐことになるのです。まさに自業自得です。

 秋葉原で自爆テロを起こした青年が、他人を誉めている場面を想像できますか? できないでしょう。

 結論として、「お世辞を言うべきか、否か」という問いかけはナンセンスです。

 実のところ、相手の長所に気付いて指摘するだけで事足りる。というのは、こんな単純なことすら、できない人が大半だからです。

 そして、あえて相手の短所を言うべきか否かは、ケースバイケースで判断すればいいでしょう。

   追記. 人間誰しも、長所もあれば短所もあるものです。そんな当たり前のことですが、案外、忘れがちなことですね。

山田宏哉記

 2008.12.14
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