ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (1940)

 住むに不便な東戸塚

 昨夜、忘年会を終えて、東戸塚の部屋に帰るのために、非常に不便な思いをしました。

 忘年会を終えたのが大森で23:00で、それから満員に近い京浜東北線に乗って横浜着が23:35頃。そこから横須賀線に乗り換えようと思ったら、次の電話が何と23:56分発。寒いホームで20分も待たねばなりませんでした。

 ようやく東戸塚に着いた(24:10頃)と思ったら、今度はタクシー待ちの長蛇の列。バスが終了していいるので、50〜60人が並んでいます。

 嫌気がさしてネットカフェへ。コンビニで弁当を買って持ち込んで、忘年会の前にICレコーダーで録音しておいた音源(「日本沈没に備えよ」)をアップロードして、25:00。

 タクシーの列がすいてくる頃なので、ネットカフェを後にタクシー乗り場へ。ようやくタクシーを捕まえて帰宅(料金はいつも\1250前後)したのが、25:30。

 数えるほどの駅しかない区間を帰宅するのに、23:00から25:30までの実に2時間半かかったことなります。もう、「いい加減にしろ」と言いたい。2時間半あれば、エッセイが4本は書けます。

 率直に言って、東戸塚は僕にとって住むには不便です。坂だらけなので自転車の性能があまり活かせないし、バスが主要な交通手段だし、時間が遅くなれば長蛇の列を作ってタクシー待ちです。

 発展途上国に比べれば、恵まれているのでしょうが、東京の交通網と比べると、相当にストレスフルです。とはいえ、爐りらじ瓩気鵑盪蓋県の下関でがんばっていらっしゃるので、情報環境面での不満は言うべきではないでしょう。

 来年の6月の辛抱です。来年の7月になれば、東京に返り咲いての一人暮らしが始まります。東戸塚は、青春の1ページとして暮らすにはいいかと思うけれども、ずっとここで暮らすのかと思うと、目眩(めまい)がしてきます。

   

 追記. 何より、東戸塚は小市民的な街という印象を、いまだにぬぐうことができません。

山田宏哉記

 2008.12.22
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