ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2306)

 【知のOS】ミクロ/マクロとショート/ロング

 実務家としての適性と、批評家としての適性は、おそらく全く異なります。これは、主たる関心領域の違いから来ています。

 実務家の関心領域は、ミクロ/ショート(短期)に集中します。組織で働くのであれば、日々の担当業務を迅速かつ正確に処理することが、能力の高さの証明になります。

 批評家の関心領域は、マクロ/ロング(長期)に集中します。"現代世界の病理"とか、"人類の未来"とか大きくて長期的なテーマに関して、高い見識を持つことが、能力の高さの証明になります。

 問題は、ミクロ・ショートの能力と、マクロ・ロングの能力は、相反しがちだということです。

 組織で働く人なら薄々気付いているように、実務能力の高い人は、しばしば新聞も読んでいません。熱心に新聞を読んでいるのは、むしろ閑職に追いやられた人たちだったりします。

 脳のリソースが有限だとするなら、マクロ・ロングの知識量が増えるほど、身雑多的なことを忘れがちになります。いわゆる"知識人"に、生活不適応者が多いというイメージは、必ずしも間違ってはいません。

 さて、学校教育で養成なされるのは、主としてマクロ・ロングの知的能力です。だから例えば、環境問題に対して高い見識を持っている学生が優秀とされ、よい成績をもらいます。

 対して社会に出て、第一線のビジネスパーソンとして張っていくために必要なのは、むしろミクロ・ショートの知的能力です。

 高学歴にもかかわらず「仕事ができない」という評価を受けるのは、ミクロ・ショートの知的能力に欠けるからでしょう。逆に、学歴はなくとも、ミクロ・ショートの知的能力に長けていれば、充分に組織の中でも働くことができます。

 評論家は決まって、企業のビジネスパーソンが「視野が狭く、短期でしかものを考えない」ことを批判しますが、まさにその集中力こそが、組織でサバイバルするための重要な条件だということを忘れています。

 一般に、世事に関して「広い関心と見識を持つこと」が奨励されます。でも、僕はそうは思わない。自分の知的能力に相当な自信がない人は、あまり新聞を読んだり、ニュースを見たりしない方が得策だと思います。

 記憶容量が低い人は、自分の担当する仕事以外の情報は必要最低限のもの以外、シャットアウトする方が、パフォーマンスを上げることができます。

 ところが、マクロ・ロングの知的能力が低いと、一定の階層以上には昇進できないのが、これまた組織のシビアなところです。

 常識的な結論ですが、やはり最後にものを言うのは、ミクロ・ショートとマクロ・ロングの知的能力を両方、兼ね備えていることです。

 この条件を最も満たしているのが、日本では官僚(国家公務員)です。学歴社会の頂点を成す東大法学部の成績優秀者が、こぞって官僚を目指すのですから、これはある意味、あたり前のことです。

 実際、どれだけ悪口を言われようと、近代以降、官僚こそが国家権力の真の主役であることは、今更言うまでもないでしょう。

   追記. 僕も最近、マクロ・ロングに気を配りながらも、集中的にミクロ・ショートの能力を鍛えています。

山田宏哉記
 
 2009.10.4
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