ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2320)

 孤独老人問題としての振り込め詐欺

 内山節氏が『怯えの時代』(新潮選書)で書いていることですが、振り込め詐欺の本質は、どうも「情報弱者の老人が騙される」ということではなさそうです。

 おそらく、振り込め詐欺が照射するのは、「子供たちから見捨てられた老人」の孤独と承認をめぐる問題なのです。

 想像するに、退職した後の高齢者というのは、社会からも子供たちからも、必要とされないのです。

 「今までがんばったのだから、ゲートボールでもして、旅行にでも出かけて、暢気に余生を過ごしてください」という風潮が普通でしょう。

 しかし、こんな生き方に充実感を感じる人が多数派だとは、僕は思わない。これは僕の確信ですが、人はいくつになっても、他人から必要とされたいのです。

 クリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」は、老人ホームで愉快に談笑しながら死んでいく高齢者の生き方に対する強烈なアンチテーゼです。

 そんな中、いつもは腫れ物に触るようにお茶を濁してきた息子が、金に困って自分に泣きついてきた。

 おそらく、振り込め詐欺にあうご老人は、たとえフィクションであっても、そんな状況を信じたいのです。

 こう考えると、「振り込め詐欺に騙されるような痴呆老人をもっと啓蒙することが必要だ」という警察の態度がいかに的外れであるか、明らかでしょう。

   追記. 『攻殻機動隊』の「ソリッド・ステイト・ソサエティ」もコアな孤独老人問題を提起しています。

山田宏哉記
 
 2009.10.14
 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ