ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2326)

 映画『グラン・トリノ』からの問いかけ

 クリント・イーストウッド監督の映画『グラン・トリノ』の批評を「書こう、書こう」と思っていながら、1ヶ月近く書けずにいました。

 ごく簡単に言ってしまうと、イーストウッド扮する頑固老人といじめられっ子の少年の話です。そして、それぞれの人生の局面において、それぞれの悩みを抱えている。

 老人は、「人生の幕の引き方」に迷っている。銃で武装し、自分以外に住む者がいない家を守り、自分がかつて労働者として作ったフォードのグラン・トリノを磨きあげることを日課にしている。

 薄情な親族からは、しきりに老人ホームに入ることを勧められたりする。その度に、怒鳴りつけて追い払う。

(ちなみに、老人ホームの近所には、火葬場と墓地も「完備」されていて、効率的に運営されているのが一般的です)

 老人の隣の家に住む少年は、仕事もなければ、自動車もなく(アメリカではこれが致命的)、ガールフレンドもいない。ならず者の同族たちから、恫喝されていいように小突き回されている。

 縁あって、少年は老人の元で働き始めることになる。屋根の修理をしたり、庭掃除をしたりする中で、次第に「男らしさ」を身につけ、逞しく成長していく。

 そんな少年を見て、老人はまんざら「悪くない」と思う。そして、老人は少年に「人生を託す」という決心をする。

 壮絶なラストシーンは、おそらく老人のひとつの生き方です。

 ここには、「敬老の精神」とか「ご老人を大切に」といった軽薄なスローガンとは全く別次元の美学が活写されています。

 僕自身の反省を込めて言うと、僕たちはご老人と正対することを避けるようになってきている。「安心、安全」な老人ホームにでも閉じこめて、静かな死を待つだけになってきている。

 だからこそ高齢者が、若者に何かを託そうとしているメッセージが聞こえなくなってきている。

 映画「グラン・トリノ」を見ながら、そんなことを痛切に感じさせられました。  

   追記.ちなみに、「老人ホーム」はビジネスチャンスとして極めて有望でしょう。

山田宏哉記
 
 2009.10.17
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